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濃霧の向こう側に手を伸ばして
【大人 恋愛小説】

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ポケットを探ってみるが、やはりそこにも鍵がない。
「キリ、鍵見なかった?」
 ぶんぶん、無言で首を振っている。占いが終わると、キリはチャンネルを替え、別の番組を見始めた。
 思いつく場所を探し回ったが、どこにも鍵が見当たらない。原付に乗れないと職場に行けない。もし歩いて行ったとしても、今日は十時までに職場につかなければいけないのだ、恐らく間に合わない。原付の周りや玄関の周り、絶対にないだろう棚の引き出しや、靴箱の裏、調べられる所は調べ尽くしたが、結局見つからない。時計に目を遣ると、もう時間的にアウトだった。今から歩いて行っても十時には完全に間に合わない。タクシーを使ってギリギリというところにまで時間が経過していた。タクシーを呼ぶ時間もしくは拾う時間を考えたら、十時には間に合わないだろう。
 鍵がないから職場に行けない、そんな恥ずかしい言い訳はできない。「合鍵ぐらいあるだろう」と言われそうだ。合鍵は何かあった時のために実家に預けてある。原付の合鍵は、一度なくしてそれから作っていない。俺は諦めてスマートフォンを取り出した。
「あ、もしもし桜井です。佐伯さんいますか? はい、あ、桜井です。あの、ちょっと熱が出ちゃって、はい。そうなんですよ。すみません。先方にも申し訳ないと伝えていただけますか? すみません。はい。失礼します」
 スマートフォンをロックして、溜め息を吐く。さて、これから本格的に鍵を探さなければ。原付だけではない、家の鍵もついているからだ。まさか今後キリを家の鍵代わりにするわけにもいかないし。
「キリ、悪いんだけど鍵探し、一緒にやってくんない?」
 キリはテレビから目を外さず、「嫌だって言ったらどうする」と無機質な声で問う。
「そんなにテレビ見たいなら別にいいんだけど」
 見つめた横顔は、口の端をキュッとあげて歪な笑みを作っている。その笑い方に対し、何だか背筋に冷たい物が走った。この女、鍵の在処を知っている?
「キリ、鍵どこやった」
 こちらには目を遣らず、彼女の瞳にはテレビの不定期な光が反射している。じっと見つめたテレビから、やっと視線を外すと、歪んだ笑みでこちらを見る。
「この季節、ほとんどお世話にならない所だよ」
 俺は狭い六畳間とおまけみたいにくっついてる台所を見渡して、キリが言ったヒントに合致する場所を考えた。そしてそこに足を向ける。マグネットでくっついているのであろうその扉を手前に引っ張ると、ごくごく薄い金属の板が触れ合ったみたいな音で霜が割れる。
 暖かい部屋の中に、背の低い冷蔵庫の上段から冷気が積極的に出て行く。そこを覗く俺の顔に、覆い被さるように冷気が触れる。保冷剤が二つと、製氷皿だけが入っているはずのそこに、オレンジ色のピックが見える。俺は手を差し入れてそれを持つと、鍵の部分がすぐに結露した。ドスっ、と乱暴に扉を閉めると、マグネットが機能せず再び扉が開き、苛立つ。
 流しにあるタオルで鍵についた霜を拭き取り、靴箱の上に置く。本来ならここにあったはずの鍵だ。そこに糊付けでもするかのように、ぎゅっと押し付けた。手が、小刻みに震えた。


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