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『秘館物語』
【SM 官能小説】

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『秘館物語』第2話「訪問者」-12


「………」
 なんとなくそれを背中で追いかけていた浩志は、その挙措から滲む清楚で可憐な雰囲気に、双海への好感を募らせる。
「坊ちゃん、目がやらしいのう」
「はい?」
「ふふふ。双海さんのことになると、彼は盲目になるからな。気をつけろよ、浩志」
 二人の間にある、強力な情愛の存在は確かに感じている。どちらかと言えば対照的にも見えるその二人が、一緒になったということへの関心が浩志にはあり、それが双海の魅力的な雰囲気にも重なって、浩志の視線に好奇心を抱かせたのである。
「双海に手を出したら、いくら坊ちゃんでもボコボコにしまっせ」
「そんなことしないよ」
 兵太の顔は、冗談を言っているときのように軽い様子ではあったが、なんとなく目が真剣だった。なるほど、志郎の言うとおりである。視線には気をつけようと、浩志は思った。
「お茶でも用意するよ。二人とも、双海さんの相手をしているだろうし、時間かかるかもしれないから」
「あらら、面目ない。坊ちゃんに給仕みたいなことを……」
「構わないって。兵太さんはお客さんじゃないか。それじゃ、持ってくる」
「すまんな、浩志」
 落ち着けたばかりの腰を上げて、浩志は広間を出て行った。
「…元気になったみたいで、安心しましたわ」
「うむ。このところ、調子は良さそうだ」
 この館に連れてきた頃の浩志を思えば、相当に元気を取り戻した様子がわかる。
「それに、良い兆候を見せ始めている」
「兆候……?」
「これが、そうだ」
 そう言って、志郎が取り出したのは二枚の絵だった。それは、全く同じ風景を、全く同じ構図からスケッチしたものである。場所は、館の外れにある池の辺であろう。
「どっちも、坊ちゃんが描いたもので?」
「そうだ。時期は、違うがな」
「………」
 絵画に対する専門的な知識を持たない兵太にも、その二枚は全く違うものに見えた。
 絵の完成度からすると、右手に持っている絵の方が写実的に整っていて、美しさがある。かたや、左手に持っている絵は、よく見ると微細な歪みや淀みや色のムラが絵の中にあり、不安定な印象を抱かせる。
 不意に兵太はおもむろにそれを持ち上げ、両腕を伸ばして、できる限り遠めに眺めてみた。
「ふむぅ」
 まるで溜息のような兵太の呟きを聞いて、志郎は満足そうな笑みを浮かべた。
(確かに、絵はこっちのほうがようできとる……)
 右手に持っている完成度の高い風景画は、しかし、真っ直ぐな光景を兵太の目に見せるだけで、あまりにも大人しい。
(せやけど、こっちのほうは……)
 遠ざけてみてよくわかったのは、左手に持ったムラのある風景画の方が、書き手の心象を色濃く写していることだった。色使いや構図の構想に、すさまじい葛藤を持っていたのだろうということが、絵の中から伝わってくる。
 それが顕著に見えるのは、花の色だ。
 右手の絵にある花は、何処か整然と塗られているため、とても清廉な印象を受ける。しかし、左手の絵にある花は、花弁の一枚一枚に塗られた色のムラに“艶”があり、“表情”が感じられる。絵の中に、はっきりとした“意思”があるように見えるのだ。
「引寄せられるのは、こっちの方ですわ」
「うむ。私もだ」
 二人が印象を強めて見ている風景画は、色使いや構図にムラがある方だった。
「浩志は明らかに、風景をキャンバスに写し取りながら、別の“何か”を塗りこめていた……」
「………」
 完成度、という面から見ればそれは明らかに前者の風景画に及ばない。それでも、後者の風景画には、整合性を失いかけている色使いと構図の中から、なにかがゆらゆらと立ち昇ってくるように見えた。


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