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俺と彼女の話
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俺と彼女の話-3

 居て欲しい時だけ傍に居るような、都合の良い存在で居なきゃいけないのか?
セックスも、ずっとしていない。触れる事すらできないからと、試みる事もしていない。
まだまだ彼女が不安定だった頃から、仕事から寄り道もせずにまっすぐ帰って来ているから、風俗店にも行けない。不自然な出費があれば、支出の管理は彼女の仕事だからすぐに異変を感じ取る。そしてもし気付いたら。彼女は、見なかった事にするに違いない。自分が悪いから、と。そんな事があってはいけない。彼女は悪くないんだから。彼女に負担をかけちゃいけないんだ、絶対に。
自分で処理しようにも、もし彼女に異変を嗅ぎとられたら……きっと彼女は、こう言う。
 ごめんなさい、と。
 そんな事になったら、俺はきっと崩れてしまう。だから、できない。
……仕方ないじゃないか。彼女は辛い目に遭って傷ついてるんだ。俺がちょっと我慢するくらい、なんでも無い。……なんでもない。
 ………………辛い。
  ごめんなさい
 謝らないで。謝られる度、俺の汚さが浮き彫りになる。
  ごめんなさい
 謝らないでくれ。謝られる度、俺は惨めになる。
  ごめんなさい
 ……謝らないでくれよぉっ!! ちくしょう、いつもいつも可哀想な被害者か!? 私のせいでごめんなさいってか!? そんな事言わなくたって俺がお前を責められない事くらいわかってんだろ!? お前が悪くない事なんて俺が一番よく知ってる!! なんで謝られなくちゃいけないんだよっ!! うるせぇなんで俺がこんな思いしなきゃいけないんだよっ!! もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう沢山だちくしょうっ!!
 「ッッ!…………ハァ…ッ…ハァ……ッ……」
 気付いたら、俺はクッションに拳を叩き付けていた。TVは何時の間にか、放送終了後の砂嵐だけを映していた。
「……ハァ………ッ……」
 砂嵐の音だけが響く部屋の中で、今までの思考を思い出す。もし、さっきのが声に出ていたらと思うと、ぞっとする。クッションにめり込んだ拳を引く。さっきまでの興奮が徐々に醒め、頭が冷えてきた。
「……俺は……」
 さっきまで、考えていた事……思い知って、俺は天井を仰ぐ。
「………………最低だ……」
 そうやって打ちひしがれている俺の耳に。がちゃりと、彼女の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。

 翌日、彼女は一行の書置きと記入済みの離婚届を残して居なくなった。



「…………ただいま……」
 扉を開けて、廊下の奥に呼びかける。暗い廊下から彼女の声が聞こえてくる事は、無い。廊下の明かりをつけて、寝室で着替えて、シャワーを浴びて、買ってきた弁当を食べる。その一連の行動は、それ以上の意味を持たなかった。彼女が居なくなって三日。彼女の声が聞こえないだけで、生活がこんなにも色を失うなんて思ってもみなかった。
 彼女が居なくなって直ぐは、正直に言ってしまえばホッとしていた。そんな事を感じる自分に嫌気がさしたけど、あの緊張感や苦しみから解放されたと、思った。
「…………」
 何気なく、テレビの前に放り出してあるビデオに目を遣った。何にも気兼ねする事がないからと、昨日レンタル屋で適当に借りてきたAVだ。見ることもなく放り出していたのを忘れていた。……今更、見る気も起きない。
解放感を味わう為、飲みにも付き合った。面白くなかった。
 気付けば、彼女の事ばかり考えて居た。今どうしてるんだろう。実家に戻ってると思うけど、うまくやれているだろうか。俺が居なくて、寂しくは無いだろうか……
思えば、前は一人で街に出る事すら適わなかったけど…………
「……きちんと、前進してたんだ……」
 俺は、焦っていた。彼女の歩む一歩一歩に苛ついていた。彼女がどれだけ前向きに努力してその一歩を進んでいたのか、知っていたのに。彼女の健気さに、甘えていたのは俺の方だ。
…………ぽたり、と、フローリングに雫が垂れた。なんだろうと思ったが、なんて事は無い。俺の涙だった。
「…………うぅ……」
 それを確認した途端、あふれ出すようにして嗚咽が漏れた。自分が何を失ったのか、脳味噌がやっと理解し始めたんだと思う。
俺が支えになってあげているとばかり、思っていた。こんなにも俺が支えられていたなんて、知らなかった。こんなにも俺の世界が彼女でできていたなんて、知らなかった。こんなにも…………俺が彼女を求めているなんて。


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