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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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小鳥の里-8


「顔を上げろ、ハヅル」

 アハトはひどく優しい口調になった。顔を伏せたままのハヅルに、彼はかまわず続けた。

「……どうせ、俺の父親のことでも揶揄されたんだろう。違うか?」

「……違わない」

 だろうな、とアハトは息を吐き出した。

「昔から、お前はそうだ。アイサや他の連中がそのことで俺にからむと、いつもかっとなって冷静さを失う。俺は気にしていないのに」

「どうして腹が立たないんだ。お前の父上が誰かわからないのは、お前のせいじゃないのに」

「俺のせいでもないのに、どうしていちいち腹を立てなくちゃならないんだ」

「そんなの、あいつが無礼だからに決まってる」

 ハヅルは顔を上げた。

「私だって、お父様の顔なんか知らない。あいつは私のことも親無しとさげすんでいるのと同じだ」

「お前の父上のことは一族の皆が知っていて、今でも尊敬されているじゃないか」

 シアの現当主サケイの息子であるハヅルの父親は、里随一の優れた戦士で、シアの次期当主として誰からも認められ慕われていた。次期頭領候補として挙げられてもいたという。
 赤ん坊のハヅルを一人残して早くに亡くなったので、彼女は父親の顔を見たことがない。

「でも私は知らない。お前と変わらないのに」

「違うさ。問題は、誰の子で、誰の孫かということだ。俺たち自身は関係ない」

 アハトはやけに大人びた、子供に言い含めるような物言いをした。 

「関係ないんだ、ハヅル。俺たちに支配できることじゃない」

 ハヅルの両親の素性は明らかで、両方の祖父母も曾祖父母もそれ以前も、始祖にまで途切れずに系譜を遡ることができる。
 アハトはそれを、母親の分しか背負っていない。
 この空白の重みがわからないわけではない。人の王国ではいざ知らず、ツミにとって血統は重要なものだった。それが四頭家のものとなればなおさらだ。それはハヅルにも重々わかっている。
 だが、母親がケイイルの先代当主である、という一事だけでも、アイサにはあんなふうにアハトを見下す筋合いはないはずなのだ。
 そんな筋合いはないと、アハトも憤るべきなのに、彼は子供の頃からこのことに関してはあきらめたような、冷めた反応しか返さない。
 彼女にはそれがもどかしくてならなかった。

「それにどうせ、俺がケイイルの当主なのは母親の系譜であって、父親の血は無関係なんだ。実害もないのに、腹を立ててもばかばかしい」

 ハヅルは無言になった。納得がいかない。
 アハトは面倒くさがってこんな言い方をするが、実害ならあるではないか。アイサは彼が次期頭領と決まったときに強く反発した一派なのだ。
 今は大人しくしているが、いざアハトが頭領に就任するとなれば、父親のことを持ち出してまた騒ぎたて始めるかもしれない。
 彼女の不平顔に、アハトは小さく息をつくと、

「俺は、正直言えばアイサなんか大嫌いだ」

 唐突に、きっぱりとそう言った。
 ハヅルは虚をつかれて、ひとつ瞬きをした。

「……そうだろうな」

「だが……あいつは、お前の味方だ」

「味方?」

「あいつはお前を大事に思っていて、お前に従い、お前を守るだろう」

 言わんとするところがわからず、ハヅルは戸惑った。

「そしてお前は、俺の味方だろう?」

「それは……そうだ」

「それならば、アイサも俺の味方みたいなものだ」

 ハヅルは目を瞠った。

「敵対されては困るが、味方側にいるならば何とかするさ」

 彼は、どこか投げやりな口調でそう続けた。
 ハヅルは数秒間考えてから、結局、こう応えた。

「……こじつけに聞こえる」

「こじつけだからな」

 アハトはあっさり認めた。

「だが……俺はお前のことは、信用している。信用して、いいんだろう?」

「あ、」

 ハヅルは驚いて、思わず声をつまらせた。アハトの口から今さらそんなことを訊かれるとは思わなかったのだ。
 わきあがった憤りに、彼女は知らず声を荒げた。

「当たり前だ! 信用しないなんて言ったら怒るぞ」

「ならば、案ずるな。あいつらが対立軸を作りたがっても、お前が俺の味方でいる限りはかなわん話だ」

 アハトはいたって真面目な顔でそう言った。

「……」

 屁理屈でごまかされた気がしないではない……のだが、ハヅルはなんとなく、胸の内のもどかしさが解けた気分になっていた。
 アハトが示した単純な図式の中で、自身の占める役割に、彼女は満足したのだ。
 おだて上げて良い気分にさせて、さっさと追い返そうという魂胆なのかもしれないが、彼がハヅルを信頼し、彼女をある程度あてにしているのは事実だ。それが彼女にはわかっていた。

「納得したなら……」

 アハトは、彼女の表情からわだかまりが消えたのを見て、こう告げた。

「もう、王宮へ帰れ。姫のそばにいろ」

「……うん」

 ハヅルはおとなしく頷いた。

「俺は寝る」

 そう宣言して、彼は再び布団にもぐりこんだ。

「うん。無理せずに、早く治すんだぞ。王子も心配してる」

「わかってる。気をつけてな」

 ハヅルはもう一度頷いて、横になったアハトの布団を直してやった。


※※※


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