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大陸各地の小さな話
【ファンタジー その他小説】

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暖かな氷の世界 * 流血表現があります-8

 王妃はとうに失神し、食事の邪魔をされた不機嫌な魔物が睨むと、精霊たちも逃げていった。

『なぜ精霊が人間を庇う?そいつは自ら俺の生贄になった。邪魔をするな』
『こうなったのは全部、僕が約束を破ったせいなんだ!!』 

 今までの事を聞き終わると、白い多頭の蛇はチロチロと舌を伸ばし、とても愉快そうな顔をした。

『ほぅほぅ、なるほど……面白い話だな』
『どうせ食べるなら精霊の方がいいだろう?……代わりに、彼は助けて』
『身代わり?陳腐な行動だな。どのみちその男に、生きる気力など残っておらんよ』

 ヘルマンから命の火が消えかかっているのは、明らかだった。
 喉からは、笛のような細い息が上がるだけで、瞳もすでに焦点が合わなくなっていた。

『それよりも、もっと面白いやり方がある』

 魔物の身体が、のたくりながら僕へ巻きつく。

『お前を我が眷属にしてやろう。代償はお前が得た自由だ』
『僕の……?』

 殆ど透明に近い色をした沢山の蛇の目が、挑発するように、いっせいに僕を見た。

『本来なら、人間に不死と氷の魔力を与えるには、俺の一部を使うが、それをお前が代わるのだ』

 魔物の言わんとする事がわかり、僕は頷く。

『よく考えたのか?俺と違い、お前にやり直しは二度ときかんぞ』
『かまわない』

 書庫から出られなかったように、僕はヘルマンから離れられなくなるだろう。

『僕のいるべき場所に、帰るだけだよ』

 百分の一の気紛れを起こした魔物は、僕に牙を突き立てた。
 月光の輝きが消え、代わりに絶対零度の低温が染み渡っていく。
 他の頭たちはヘルマンの怪我に舌を這わせ傷を癒していたが、そのうちの一つが耳元に何か囁きかけていた。
 瀕死のヘルマンからは、もちろん返答などなかった。聞こえもしなかっただろう。
 蛇の頭たちが、歌うようにさえずる。

『さぁ、自由に別れを告げよ』

 ふと窓を見上げると、夜空に細い銀の月。
 自由気ままな精霊の暮らしは、とても楽しかった。
 この広い大陸さえも飛び出して、あらゆる場所を飛び回った。
 生きていると、心から実感できた。【生まれた意味】だけだったら、引き換えにしたいだなんて絶対に思わなかっただろう。

 でも僕は……それ以上に、ヘルマンが好きなんだ。

 青ざめた頬に、凍てついた指先を伸ばす。
 僕の身体が吸い込まれるにつれ、ヘルマンの黒髪は濃いグレーになっていく。

『!!』

 パチリと、ヘルマンが瞳を開けた。
 傷一つない身体を見まわし、視線を足元へ落とす。
 鏡のような氷が、アイスブルーとなった冷たい瞳を映していた……。


――そんな昔の事を思い出していたら、不意にヘルマンがニヤリと笑う。

(僕もだけでなく、君も随分変わりましたねぇ)
(変わった?)
(サーフィにヤキモチを妬かなくなりました)
(……)

 少々気まずくて、肩をすくめた。


 不老不死になったヘルマンは相変わらず孤独で、身体に入った僕にも気がつかなかった。
 正確に言えば、『僕が本来の姿をしている時』は、気づけなかった。
 一種の自己防衛だったのだろう。
 気づいていないはずはないのに、潜在意識下でしっかり蓋をし、僕に関する全てを否定していた。
 彼がどれほど、喪失を恐れているか、それで思い知らされた。
 もう僕たちは永遠に一緒なのに、それでも彼は安心出来ない。
 失う不安を抱えるくらいなら……と、ヘルマンは何もかもを投げ捨てて生きる。

 そして僕も、彼の分身だ。同じくらい臆病だった。

 サーフィを失ったら、今度こそ本当にヘルマンは壊れてしまうと、気も狂わんばかりに恐れた。
 自分から捨てるよう、必死でヘルマンをそそのかしたのに……。
 嫉妬して当然。
 たかが十八年を供に過ごしただけの彼女が、ヘルマンに喪失の恐怖を乗り越えさせたんだから。
 それでも結果的に、ヘルマンがまた僕に向き合うようになってくれたから、目障りなくらいイチャつく二人を……まぁ、大目に見てあげようと思った。

  


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