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おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

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17-2

 久野家に到着すると、夫婦揃って「曽根山さーん!」と叫びながら玄関が開いた。俺の事は視界の隅にも入らないのだろう。仕方ない。死の淵から生還した女が、家に遊びにきたのだから。
「今日は手抜きして宅配ピザにしちゃったんだけど、いい?」
 矢部君は曽根ちゃんの上着をハンガーに掛けながら訊くので「食えれば何でもいい」と言うと「曽根山さんに訊いたの!」と一蹴されてしまった。曽根ちゃんも「食べれれば何でも」と頷く。俺はまた、自分の上着は自分で玄関のフックに掛けた。
「好きなの開けて呑んで」と冷蔵庫から発泡酒と缶チューハイが次々と出される。
「あの、心配かけてごめんなさい」
 いきなり頭を下げ、謝罪から入った曽根ちゃんに、智樹が困ったような顔をして声を掛ける。
「今日はそういうんじゃなくって、退院おめでとうだから。曽根山さんはありがとう、でいいよ」
 こいついい事言うなぁと思い、「よくできました」と少し高いところにある智樹の頭を撫でてやった。智樹は「やめっ」と謎の叫び声をあげながら俺を蹴った。
 乾杯をしたと同時に、宅配ピザが届いた。ピザ屋のお兄さんは寒そうにスースー言っている。天気予報では雪が降るかも知れないなんて言っていた。こんな中、バイクでピザの配達なんて、正気の沙汰じゃない。俺は支払いをしている矢部君の横から顔を出し、お兄さんに対し「こんな寒い中ご苦労様です」と労をねぎらうと、彼は照れたように笑って帽子をくいっとあげた。マウンドに立つ智樹を思い出す。
 外の寒さとは対照的に、ピザは熱々で、断熱技術って凄いな、と言う話になった。かなりどうでもいい。
「そういえば曽根山さん、塁からブレスレット貰ったんでしょ?」
 曽根ちゃんはピザを口に挟みながらコクリと頷いてみせた。嚥下してから「付けてるよ」と言う。
「どんな色のだったの? 見せて見せて」
 まるで女子会のノリで矢部君が言うと、曽根ちゃんはカーディガンの袖をまくり「はい」と腕を伸ばした。すかさず俺もパーカーの袖をまくって腕を伸ばす。すると久野夫妻も同じように腕を伸ばした。
 四本の腕に、少しずつ色の違う、同じ形のブレスレットが通っている。その光景は異様で、宗教じみていて、だけど嬉しくてにやけてしまう。
「すげぇな、これ。大の大人が何やってんだかな」
 俺が言うと皆、さっと腕を引いた。俺ものろのろと腕を元に戻す。
「ブレスレットを通したら曽根山さん、目を覚ましたんでしょ? 眠りの森の美女って知ってる?」
 知ってるに決まってるだろうと思ったが「知らない」と言う曽根ちゃんに驚愕した。矢部君はあらすじをかなり適当に説明し、「それにそっくりだなーって思ったんだよ」と言ってピザを口に入れた。
 すっと曽根ちゃんに視線をやると、耳を赤くしている。何が恥ずかしいのだ。俺なんてキスした王子様に例えられてるんだぞ、よっぽど恥ずかしい。
「あ、のさ」
 遠慮気味に曽根ちゃんが口を開くと、皆が彼女に注目する。
「智樹君と君枝ちゃんのさ、恋が愛に変わった瞬間って、あるの?」
 そういえば曽根ちゃんは、目覚めてすぐにそんな話をしていたっけと思い出す。俺は興味があったので対面に座る夫婦の顔を見た。何となく、空気的に智樹が口を開かなければならない感じで、智樹が「俺はぁ.....」と中空に目を遣った。
「あれかな、サークルで流星群見に行った時かな。何かあの時に、離れたくないっつーかなんつーか......」
 徐々に横方向に顔が引き攣れ、赤く染まってく。久々にこの顔を見たなぁと思うと嬉しくなる。俺は「矢部君は?」と話を振った。
「私も同じかな。塁はあの時さっさと寝ちゃったけど、あの後智樹と、流れ星に何のお願いしたかとか話してて、そん時辺りかなぁ。同じようなお願い事でね、智樹」
 口調は割とはっきりしているのだけど、顔は真っ赤で、顔を見合わせる二人を見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいだ。曽根ちゃんを見ると、穏やかに笑みをこぼしている。優しい微笑みだった。
「いいね、同じ瞬間だったんだね」
 そう言う曽根ちゃんに、雰囲気を壊すように俺は口出しをする。
「でもこいつら、その後一度別れてんからな。俺の仲裁で仲直りしたんだからな」
 矢部君も智樹も、ムキになって口を尖らせる。
「別に嫌いになって別れたわけじゃないもん」
「お、俺だってそうだ。お前にとやかく言われなくても、結果はこうなってたんだよ」
 俺が「動揺」とひと言言うと、気まずそうに二人、下を向いたので俺は笑ってしまった。
「それでも結婚まで辿り着いたんだもんね、凄いよ」
 平坦な声で曽根ちゃんはそう言っって酎ハイをあおった。
 曽根ちゃんはどうなんだろう。病院で目覚めたときはあんな事を言っていたけれど、あれは感動的な雰囲気だったからあんな事を言ってしまっただけで、実際は俺に対して対して「愛」なんてものはまだ抱いていないだろう。そもそも出会ってまだ三ヶ月。それに彼女は、結婚とか、子供を生むとか、そう言う事に興味がありそうに見えない。きっと俺も曽根ちゃんに、そう思われているんだろう。何しろ、似た者同士だから。
「結局さ、恋が愛に変わる瞬間って、その時は分かんないんじゃないか? 後から考えて、そういえばあの時、みたいな感じになるんじゃねーの」
 智樹の言葉に、隣で矢部君は何度も頷いている。そんな物なのか。後から分かる。うん。分かる気がする。
「そうなるとさ、愛に変わった後は、恋人同士じゃなくて何になるんだ? 愛人同士か?」
 俺の問いに智樹が「確かに、何て言うんだろうな」と真面目な顔をするので「流せよ!」とテーブルの下から蹴りを入れた。答えが欲しくて聞いた訳じゃない。この話を終わりにしたかった。あまり突っ込んで欲しくない話題だ。俺が曽根ちゃんに対して「愛」の感情を抱いているのかどうか、俺はまだそこから目を背けていたかった。少なくとも、今この場では。


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