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おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

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-1

「明けましたけど、曽根ちゃん」
「うん」
 眠そうに目をこすりながら布団に座った曽根ちゃんの上半身は勿論裸のままで、「おいー!」と俺はすぐにスェットを投げつける。
「何」
 ぼそっと言いながらスウェットを頭から被り、色のない目でこちらに視線を寄越す。昨日セックスしたとか、鍋をやったとか、今日は元旦だとか、そういう「区切り」のような物が一切ない顔だ。
「今日、元旦だよ。初詣とか、行かねーの?」
 俺は布団を畳みながら彼女に尋ねると、少し跳ねた髪を撫でながら「行かない」と言う。
「そう。じゃぁとりあえず朝飯買いに行くか」
 曽根ちゃんは俺のスウェットの下に自分のデニムを履いてコートを引っ掛けて外に出た。ノーブラである事に気付いているのは俺だけなのだ。

「曽根ちゃんの仕事はいつからだ?」
 コンビニで買ってきたパンを食べながら訊くと、まだ十二月のまま時が止まっている俺の部屋のカレンダーを見ながら「五日、だったかな。吉祥寺」とあやふやに答える。
 曽根ちゃんは吉祥寺にある工房の仕事と、ピアノの先生、自作のアクセサリー販売の掛け持ちをしている。なかなかのバイタリティだ。
「アクセサリー販売はネットだけなの?」
「うん、学生の時とか、卒業してからも暫くは原宿の路上でやってたんだけどね。そん時に富樫と知り合ったんだよ」
 そう言えば彼との出会いについて何も知らなかった。知りたくないと言えばそれまでだが、知っておいて損もない。とにかく「友達の友達」とか、「学校で」とか、まともなルートではない事はよく分かった。俺は話を元に戻す事にした。
「ゆくゆくはどれを本業にすんの?」
 髪をくしゃくしゃにしながら「んー」と一つ伸びをして、「ネットかな」と答える。
「まだあんまり売れないけど、少しずつ売れるようになってきたから。そしたら塁みたいに自宅を仕事場にして暮らしたいんだけどね」
 俺はニンマリとして曽根ちゃんに目を向けると、思いっきり警戒の色を濃くした目で「何」と怪訝な顔をされる。
「いや、何かね、フランスにいた時は、路上で自分の作品を売ってる人なんて沢山いてさ。みんな芸術で食って行こうって必死な人ばっかりで。フランスっていい国だなって思ったんだよね。でも、日本にも同じような人がいたのかと思うと、何か嬉しくてさ」
 曽根ちゃんは控えめに笑い、「塁は私の目標だから」ぽつりと零した。それはとてもくすぐったい言葉で、俺はどうしたらいいのか分からなくて沈黙してしまった。食べ終えたパンの空き袋を丁寧に折りたたみ、結んで、時間を遣り過ごす。
「俺なんて目標にしたらろくな事がないぞ」
 やっとの事で口が開いた。微妙に開いた会話の間が、何とも間抜けだった。

 師匠からのニューイヤーメールと共に、銀座の画廊に行く仕事が舞い込んできた。絵を見てきて欲しいと言う簡単な仕事で、俺は指定された画廊で指定された絵を見ると、特徴をメモして画廊を後にした。電車の中は、破魔矢を持つ人が目立つ。
 電車に乗って自宅に向かっていると、カーゴパンツのポケットに入れた携帯が震えた。曽根ちゃんからの着信だった。車内だったのでそのまま放置し、次に停車した駅でホームに降りると折り返し電話をした。曽根ちゃんの家がある上谷戸駅まであと数駅という所だった。
『もしもし塁?』
「うん、ごめん、電車乗ってて出らんなかった。どした?」
『また来るの、充が来るの。どうしよう』
 俺は駅の柵に凭れ掛かり、ポケットに片手を突っ込んだまま目を閉じた。通過電車が仰々しい音を立てながら通りすがりに冷たい風を打ち付ける。俺は冷たさに顔を顰めた。
「玄関、開けなければいいんじゃない?」
『だって、玄関の前で叫ぶんだもん、開けちゃうよ、あんなの』
 俺は暫く黙って考えて「今から行く」と言って一方的に通話を切った。嫌な予感がした。
 通過電車が行ってしまってから、たっぷり十分は待機した。やっと到着した電車に飛び乗り、いつかと同じように各駅に停車する電車に苛立ちながら立っていた。

 アパートの玄関の前には誰もいなかった。俺はインターフォンを鳴らす。中で物音がするのだが、誰も出て来ない。再度インターフォンを鳴らすが、物音は収まらず、人は出て来ない。
 携帯を取り出して曽根ちゃんの番号に掛けてみるが、携帯からは機械的な呼び出し音が聞こえてくるだけで、曽根ちゃんが電話に出ない。ふと、携帯を耳から離してみると、曽根ちゃんの部屋から携帯電話の着信音が鳴っている。あの、けたたましい着信音。やっぱりここにいるんだ。俺はしつこくしつこくインターフォンを鳴らしたけれど、それでも誰も出て来ないから、一か八かドアノブに手をかけた。それは思ったよりも簡単に開いてしまって拍子抜けする。ドアを開けた瞬間に何となく、空気で察した。嫌な予感は的中する物で。


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