投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

おぼろげに輝くの最初へ おぼろげに輝く 4 おぼろげに輝く 6 おぼろげに輝くの最後へ

-1

 久野夫妻が住んでいる家がある駅は、所謂ターミナル駅だ。俺が通っていた中学、高校、大学はこの傍にある。大きな百貨店やショッピングモールがいくつか、駅に隣接して建っている。その中にある家具屋に行き、天板が硝子で出来ているテーブルと、マーブル模様のカラフルなラグを買った。年末年始のセールが開催されていて、送料が無料だった事も手伝って、食器をしまうちょっとした棚も買った。料理はせずとも、必要最低限の食器はフランスにいた頃から所持していて、今はミニキッチンの狭い調理台に置きっぱなしになっている。そういや智樹の家の食器はいつも片付いてるよなあと、あいつの家を思い浮かべる。俺の足は自然と久野家に向いていた。
 俺はフリーランスの仕事だ。定休がないから曜日の感覚が無い。今日がド平日である事はすっかり頭から抜け落ちていた。気付いたのは、俺らしからず、インターフォンをきちんと鳴らし(いつもは、ともきくーんと叫んでいた)、三回鳴らした所で腕時計に目をやり、木曜日という表示を見たからだ。まあ、少し待てば矢部君が帰って来るだろうと思い、俺は寒空の下、アパートの外廊下にしゃがみ込み、携帯でテトリスをしながら矢部君の帰りを待った。「来い、長四角!」などと呟いているうちにあっという間に三十分も経ち、階段を上る足音が聞こえてきた。
「塁?」
 俺は携帯から顔を上げると、ひょいっと片手を上げてみせた。
「遊びにきた。俺の分も晩飯ある?」
 矢部君は手に持っているビニール袋をヒョイと覗いて「大丈夫だと思うよ」と笑みを投げかけ、鞄から鍵を出した。

 考えてみれば、この部屋を訪れたのは、矢部君と智樹が同棲を始める日が最後。あれを組み立てて俺は帰宅したんだっけな、とストライプのベッドカバーに包まれたベッドを見る。あの日から、かなり長い間が空いている。俺は、どこか居心地の変わった智樹の家のテーブルにつくと、所在無げに視線を動かした。
「何、何か珍しい物でもあった?」
 冷蔵庫に食材をしまいながら矢部君は、俺の顔を覗き見る。
「いやあ、何かすんごく久し振りだから、落ち着かないし、矢部君のベッドがそこにあると、君達の愛欲にまみれた夜を想像してしまって俺は正気を失う」
 ばか、と一蹴した矢部君は、沸きたてのお湯で緑茶をいれて持ってきた。
「ねえねえ矢部君、緑茶って熱湯でいれない方が旨いって知ってた?」
 目の前にある、黄緑色の液体が入った茶碗をくるくると回しながら冷ましていると「じゃあ飲まなくて宜しい」とまた一喝される。
 あちちと言いながら俺は緑茶に口を付け、智樹の帰り時間を聞いた。今日は仕事納めの日だから、早く帰って来るらしい。
「その後、曽根山さんとは順調なの?」
 俺はその質問に歯を大きく見せて笑い、大きく頷いた。
「まぁまだデートらしいデートもしてないし、勿論セックスもしてないし、何しろ曽根ちゃんは今迄十五人の男と関係を持って」
「じゅうごにん?!」
 矢部君の素っ頓狂な声は恐らく隣の部屋まで響き渡っただろう。
「そう。俺は十六人目。でもきちんと交際という形になるのは、俺が始めてだって、照れながら言ってたぞ。それはそれはかわい」
「十五人は交際してないの?」
 俺の言葉を踏み潰すように畳み掛ける矢部君は、何だか必死の形相だった。
「まあ、あれだ、セックスフレンドって奴らしい」
 矢部君は頭を抱えるようにして俯くと「塁、大丈夫なのー?」と悲痛な声をあげた。
「大丈夫。俺は曽根ちゃんを好きだし、存外曽根ちゃんも俺を好いてくれてて驚いたよ」
 それでも心配そうに眉根を寄せている矢部君は、何だか変わらないなあと思い、深く安堵する。何かあったら久野夫妻を頼ればいい。そんな風に思える。


おぼろげに輝くの最初へ おぼろげに輝く 4 おぼろげに輝く 6 おぼろげに輝くの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前