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トルムチルドレン
【SF その他小説】

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-2

 面会に訪れた男には見覚えがあった。俺が刺さずに避けた男だった。
「どうも」
 男から発せられる言葉に俺は無言で会釈すると、その男の目の前に座る。
「彼女は一命を取り留めました。その、俺の事、刺さずにいてくれてありがとう」
 何も言えないまま俺は俯いた。何故あの時、この男を刺さないという選択をしたのだろう。見たところ、二十代後半といったところだ。寿命は三十か。
「歳は」
「二十九歳、寿命は三十です」
 当たった。
「もうプラマイ期間に入ってます。いつ死んでもおかしくないけど、彼女とあとどれぐらいか分からない日数を過ごせると思うと、幸せです」
 何故俺にそれを言うのか、分からなかった。まずこの男が、何故俺に会いにきたのかが分からなかった。
「もういいですか」
 俺は椅子から腰を上げようとすると「あ、ちょっと待って」と声が上がる。
「あの、あなたもトルチルなんですよね、百二十歳の」
 無言で頷く。
「死刑になりたくて、殺したんですか?」
 頷くのも無意味に思えて、頬杖をついたまま顔を逸らした。
「多分、死ねないですよ。トルチルだから。世論がどう言ったって、国はあなたを生かすと思いますよ。寿命まで到達してこそトルチルの役目が終わるんですから。今、テレビでは連日あなたの報道がなされています」
 その男は、怒りでも悲しみでもなく哀れみでもない、何の色も持たない瞳でじっと俺を見据えていた。
「じゃぁお前はどうすれば、俺が死ねると思う」
「誰もいないところでじっくりと首が絞まって行く事を噛み締めながら苦しみながら死んで行くか、誰もいないところで何も食わずにじっとして死んで行くか、それぐらいしか思いつきませんね。ま、私はもうすぐ死ぬから関係ないですけど」
 そして腰を上げ、去って行った。
 規則ただしく一日置きに、そいつは現れた。マスコミの情報を俺に教えてくれた。
 世論は二分しているらしい。五人もの人間を無意味に殺しておいて、死刑にしないのがおかしいという一派と、死刑にするのは俺の望み通りにすると言う事だし、税金からまかなわれた金でトルチルになっているのだから、殺すのはおかしいという一派。
 裁判でも同じだった。死刑を求刑する検察側と、無期を主張する弁護側。じっさいもう、どうでも良くなってきた。
 塀のこちら側にいれば、特に誰かと仲良くする必要もなく、誰かの死に目に会い、誰かの葬式に行く必要もない。毎日決まった時間に起きて飯を食い、労働をする。無期懲役だとしても、これ百二十年続けて行けば良いのだろう。
 死刑になれば、これ幸い。べつに命を粗末にしたい訳じゃない。トルチルじゃなかったら俺はこんな風にねじ曲がらなかった。人の死を受け入れ、悲しみ、弔っただろう。ただ、俺は百二十歳まで強制的に生かされるトルチルだ。これから何十人の親戚、友人の死に目に会う。俺はきっとそれを、羨ましく思う事はあっても、悲しむ事はない。
 「死ねる幸せ」。俺にはそう思うのだ。

「よって、被告人に、死刑を言い渡す」
 俺の待っていた言葉が言い渡された時俺は、えも言われぬ幸福感に満ち満ちた。傍聴席の隅で肩を振るわせている母親に、ざまあみろと言ってやりたかった。お前が俺に強いた寿命は、俺の手で変える事ができたのだ。これを機に、同じような犯罪が増えないようにとトルチルの規定が変わるかも知れない。俺が世の中を変える事ができるかも知れないと思うと、俺の仕出かした事は犯罪だったのか? と疑問すらわいてくる。震える母の肩を抱く父に一瞥をくれて、法廷から出た。



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