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金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

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本文-8

「さきちゃんと良美と美奈(バイトの友達)で遊びに行った。友達と過ごす時間は明るくて悩みがないようにみえる。わたしもその空気に溶け込んだ幸せに少しだけ慣れる。みんなでわぁわぁいうのは楽しい。そのかわり、一人で家に帰るのは侘しい。
 一人でテレビを見ながら、皿に盛った朝食を食べる。誰かが監視カメラで自分を見ていたら、と思う。12時。昼食なのか朝食なのか分からないご飯と、ぼさぼさの髪のジャージ姿のわたし。何も考えることがないと、今晩の夕食の献立をぼんやりと考えてる所帯染みたオバさんみたい。
 今日はずっと家にいよう。アルバイトも休んで、一日中灯りも点けないで部屋に篭もろう。どうした訳でもなくて、疲れたから。飲んだつぎの日の朝は少し辛いから、暗いことを考えるのにふさわしい。
 彼と別れて2週間くらい経った朝の眩しさは、今でも忘れられない。わたしの耳に、生まれて初めて天地の産声が間えたような気がした。目覚めた子供が見回すように空を見上げて、新鮮な空気が躰を駆けぬけてゆく、あの鮮やかな色彩の噴水に溶けて消えてしまいそうになった。
 いまあの眩しさはどこに消えたのだろう。青空はいつもあるのに、わたしの目はそれを見ていない。一時期あれほどにわたしの意識をとらえた風景が、いつのまにか『ありふれた風景』という言葉のなかに閉じ込められて、出口を失っている。『彼』の顔もいつしか自明のものとなって、そこへ向かう意識も失われて行く。多分そうしてわたしは『彼』を知って<彼>を忘れて、互いに『愛し合っている』ことを自明のものとすることによって、その<想い>を浸蝕していたのだろう。 わたしが『彼』のなかに見出だそうとしていたものとは、何だったのだろうか」

「冷凍庫に入れたままのアイスクリーム。ぼくはまだそれを食べずにとってある。蒸し暑い夜だけれど、食べてしまえば残らない。テーブルの上にスプーンひとつ並べて、椅子にもたれてぼんやりと手にとって眺めながら、その視線をスプーンから奥の金魚鉢へと移す。
 金魚たちがゆらゆらと泳いでいる。たとえばそれが、鉢の表ガラスに映し出された虚像であったらどうだろう。金魚にふれようと手をさしだしたその時に、鉢を満たす水面に触れて、波立った虹色の色彩に金魚の赤が溶けてしまいはしないだろうか。手首を入れて中を掻き回せば、通版のdidi7のCMみたいに、透徹った水だけがゆらゆらしていたりしないだろうか。
 左手を、カップを掴むように丸めながら、ぼくはスプーンでアイスを掬って食べるフリをする。くちもとに寄せられたスプーンがきらりと光る。舌先でアイスの味覚を思い出そうとすると、頭骨を小突くようなつめたさがそれを拒んだ」


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