投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

金魚とアイスクリームの最初へ 金魚とアイスクリーム 5 金魚とアイスクリーム 7 金魚とアイスクリームの最後へ

本文-6

 「真夜中にうなされた。胸倉を締め上げられるような息苦しさで飛び上がると、わたしは蛇口に口をつけて水を飲む。乾いた喉の最深部に水が行き渡らない。呑み過ぎて重たくなったお腹を抱えながら咳き込み、いがらっぽさに固く目を閉じると、そこに、モノクロの大きな掌の残像が瞬いた。
 (夢……)
 夢のなかで、わたしはだれかに掴まれていた……。
ゆっくりと息を吸い込んで、目を開けて辺りを見回す。窓が開いている。梅雨時の湿った空気がわたしの顔を濡らして過ぎる。沈黙を打つ時計の音が高く響きわたると、わたしの尖った神経がつめたく戦慄する。喉元を締め付けられるような……だめだ、夢の記憶が染み付いて、離れない。
 『…まおう、まおう、まおう……』
 窓の外で猫が鳴いている。時計の刻みから逃れるようにわたしは耳を傾ける。気怠い空をゆるやかに反響する物悲しさに、潤いを求めるように扱い寄せられて、わたしの胸にふとなつかしい感触が甦る。
 中学にあがったばかりのころに、見上げた空がとても青くて、胸があふれた。凛と茂る草木が風に煌いて、わたしの眼を光で覆い尽くした。頭がぐらついて、草の上に躰を落とすと、空が巨大なすくりんみたいにわたしを突き放す。空はわたしには遠すぎる。わたしは空に向かって叫びたい気持だった。何がかなしいのかわからない。すべてがあまりにも明るすぎた。わたしは泣いていた。そのまま空に溶けてしまいたかったのに」

「今朝は猫の鳴き声で目が覚めた。三階の窓から見下ろせる一軒屋の『まろ』だ。毛の柔らかいしなやかな躰で、高い塀も素早く駆け上る。おまけに全身黒づくめなのだからまいってしまう。深夜、部屋にこっそりと忍び込んではテーブルの上の鮭なんかを食べ散かし、帰り際にはマーキングを忘れない。オスネコのおしっこはどうしてあんなに臭いのだろう。消臭スプレーのない頃は、窓を開けても二週間は臭いが残った。あれ以来外出の時は、窓を閉めてまろを入れないようにしている。金魚を食べられたら、堪らない。
 空の青さ。雨の多いこの頃にめずらしい、雨上がりのまぶしい朝だ。金魚鉢に忘れず餌を入れて……少し自分で餌をつまんでみる。そう不味くはない。ドッグフードよりはいける。掌に盛ったそれを全部平らげて、朝食の支度にかかった。
 ボウルを泳ぐコーンフレークを掬いながら、考える。彼女に会いに行こう。仕事の帰り、夕方に、例の駅で下りて彼女の勤めるスーパーに立ち寄ろう。また例のようにアイスをふたつ手に持って、そして彼女を見つめる。どこかに見覚えのある、髪の長い彼女を」



金魚とアイスクリームの最初へ 金魚とアイスクリーム 5 金魚とアイスクリーム 7 金魚とアイスクリームの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前