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雑踏の片隅で
【その他 官能小説】

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卒業-10

 砂場の土にまみれた顔で、タケシがむっくりと起き上がる。
 タケシの顔つきが今までとは違って、燃えるようなものになっている。
 なんだ、こんな顔も出来るんじゃないか。あたしは、いい顔つきだと思った。
 今まで見た彼の顔は、優しい顔と、全ての感情を消したような無表情な顔。
 今は、燃えるような瞳をして、あたしを倒そうと向かって来ている。
 
 お互いの間に、言葉は無かった。
 ただ、少しづつ間合いを詰めながら、お互い近づいている。
 タケシの拳があたしに届く間合いに入った。拳を構えて、あたしを見つめている。
 
 そして次の瞬間、信じられないことが起こった。
 あたしの頭上を、ふわりと物凄い勢いで通過したものがあったのだ。
 タケシの足だった。空振りなのか、わざと外したのか……?
 あたしは少し頭がカッとなっていた。彼の蹴り技にまるで気づかなかったからだ。
 タケシの足はそのまま空を切り、自らの蹴りの勢いでそのままくるりと回転して、あたしに背を向けた。
 
 あたしは、その背中目がけて飛び込み、地面に思い切り足を叩きつけた。
 震脚という、攻撃の威力を倍増させる動作だ。そしてそのまま、肘をタケシの背中に――
 叩きつけなかった。そんな事をしたら、只では済まなくなってしまう。
 あたしは、無防備な背中を思い切り押して、またタケシは真正面から砂場に顔を埋めた。
 うつ伏せで倒れこんだタケシの背中に、あたしは尻をつけて座り込んだ。

「まあ、こんなもんかしら」

 あたしは、少し強がってみせた。
 タケシの蹴りが当たっていたら、あたしは昏倒していただろう。
 驚異的な蹴り技だった。上体を全く動かさずに、長い足が側方から後頭部に蹴りこまれていくような、そんな蹴りだ。死角から後ろに回りこんでくるムチのように思えた。
 タケシは、うつ伏せのまま、動かない。

「情けないな。女の人相手にムキになって、手も足も出ないなんて」
「あたしに勝てる男なんて、そうはいないわ」
「……ショウコさんは、一体何者なんですか?」
「只の大学生よ。それより、タケシ君、さっき面白い蹴り出したわね」
「ごめんなさい……つい、カッとなっちゃって」
「別に謝らなくてもいいわ。あれって、誰かに習ったの?」
「え……? いや、そんな事、誰にも習いません。僕、人を蹴ったことなんか無いから」
「……それ、本当なの?」
「本当ですよ。ショウコさんに、嘘なんかつきません」

 きっと本当だろうと思った。そもそも、タケシは格闘技を習うような性格ではない。
 体操で鍛えた体幹と体の柔軟性で、無意識に出した蹴りだったのだろう。
 そして、彼は無意識にあたしに当てないように、空振りをしたのだ。
 あたしはそれがいくらか悔しくて、自分でも少しムキになってしまった。
 まだまだ修行が足りないな。そんな事を思った。


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