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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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20-1

 一人で誕生日を迎えるのなんて、何年振りだろう。
 学生時代から昭二と付き合っていて、誕生日はいつも祝ってもらっていたから、ずいぶんと長い事「一人の誕生日」からは離れていた事になる。
 仕事の帰りに、近くのコンビニエンスストアで小さなケーキを買った。
 一番小さくても、二つ入りのショートケーキしかなくて、仕方なくそれを買った。
 二つも食べたら胃が凭れそうだ。ビニールに入っている二つの三角を上から眺めながらそんな事を思う。多めに紅茶を飲んで対処する事にしよう。

 夕飯はあるもので済ませた。
 冷凍してあるご飯と、肉野菜炒め、サラダ、味噌汁。
 だいたい一人の食事はこんなメニューになる。まぁ、身体には悪くないだろう。誕生日だからといって特別なメニューにはしなかった。むなしくなるだけだ。
 今日はケーキ二個分の余力を残すため、肉野菜炒めを少な目に作った。
 何となく無音なのが嫌で、スマートフォンでラジオを流しながら夕飯を食べた。でも、テレビを見たいと言う気分でもなかった。むなしくすぎて行く、二十六歳の誕生日は、あと数時間で終わりを告げようとしている。
 夕食を終え、食器を洗う。ここのマンションには食器洗浄機が無い。前の家では重宝した物だが、今は一人暮らし故に、汚れる食器の数はたかが知れている。手洗いで十分。
 四月の終わりといえどもまだ肌寒く、給湯器からはお湯を出し、食器を洗い終えた。
 手を洗い、ハンドクリームを塗る。お湯で食器を洗うと、水分が飛んで肌荒れしやすくなるのだ。
 今日は少し残業をしてきたせいで、もう二十一時を回っていた。シャワーを浴びてからケーキを食べるか、ケーキを食べてからお風呂に入るか、散々迷った挙句、シャワーを優先する事にした。

 シャンプーをする為に一度シャワーを止めた時、「ピンポーン」とインターフォンの音がした。二度、鳴った。残念ながら出る事は出来ない。
 先日両親に新しい住所を教えたからきっと、宅急便で食糧でも送ってくれたんだろう。後で不在票を見てみよう。
 そう考えていると、再び、インターフォンが鳴った。なかなかしつこい宅配業者だと思いつつ、シャワーのノブを捻り、頭を洗った。それからはシャワーの音だけが耳に届いていた。

 シャワーから上がり、髪をタオルドライしながら玄関ドアについている郵便ポストを開けてみたが、不在票は入っていなく、代わりに冷気がこちらに向かって注ぎ込まれた。
 するとまた「ピンポーン」とインターフォンが鳴った。
 玄関のドアの向こうに誰かがいる気配がする。何だか怖くて私はわざわざインターフォンのスピーカーの所まで走って戻り、「どなたですか?」と訊いた。
「風呂、長いんですけど」
 呆れかえったように話す声の主は、ほかでもない、真吾だった。

 玄関を開けると、鼻の頭を真っ赤にして、寒そうにダウンに首を埋めている真吾が立っていた。今日は四月にしてはかなり冷え込んだ一日だった。
 しばし、見つめ合う。どちらかが何か言い出すのを待っている。先に口を開いたのは私だった。
「中、入りなよ」
「うん」
 少し鼻声の彼は、ポケットに手を突っ込んだままスニーカーを脱ぎ、部屋に入る。
「こんな時間にどうしたの?」
 私はタオルで髪を拭きながら彼に訊ねた。
「いや、今日、恵の誕生日だから、仕事終わりにちょっと寄ろうかと思って来たら、何かシャワーの音がして。んで玄関の前で待ってた」
 ダウンを着たままで立っている彼に「座って」と促し、ヒーターを彼に向けた。彼は何も言わずに片手をついてその場に座る。
「今お茶淹れるから、髪の毛乾かすまで待ってて」
 そう言って私は洗面所に戻り、髪を乾かした。温風を使ったおかげで、少し身体が温まった。
 紅茶を淹れながら、ケーキの事を思い出した。丁度いい。二人分あるではないか。
 冷蔵庫からケーキを取り出し、二つのお皿に分けて、フォークを添えた。
 それらをお盆に乗せて、テーブルに出した。
「あ、ケーキだ」
「うん、コンビニで買ったら二つ入りしか売ってなくて。丁度いいから真吾、食べて。ショートケーキ好きだったよね」
 真吾はじっとケーキを見つめている。
 彼と誕生日を迎える時はいつも、コンビニのショートケーキだった。お互いの誕生日には、お互いがお小遣いで買ったケーキを食べる。そんな風にしていた。コンビニのショートケーキが二人のご馳走だった。
「じゃぁ、お誕生日、ありがとう」
 私は自分で言いながら妙だなと思いつつも、フォークを持ち、ケーキを食べ始めた。
 真吾は小さな声で「おめでとう」と言ってケーキを口に運んだ。
 ラジオが聴きたい。そう思う程、室内は静まり返っていた。
 真吾のケーキはあっという間になくなり、私のケーキもそのうち姿を消した。
 二人とも無言で、紅茶を飲んでいる。
 そもそも、誕生日だからといってこの人のは何をしに来たんだろうか。
 何かしてくれる訳でもなく、何か話す訳でもなく、黙って座っているのは何故なんだろうか。
 ちらりと彼を見遣った後、私は沈黙を破った。
「ねぇ、何で今日、ここに来たの?」
「いや、誕生日だし」
 首の後ろに手を遣り、首を傾げている。何なのだ。
「それだけ?」
 私は少し冷えてきた頬に、紅茶のマグカップをあてると、真吾がヒーターを私の方へ向けてくれた。
「恵の誕生日だけど......」
「ん?」
 やけに尻窄みの口調で話す真吾が珍しくて、私は身を乗り出して彼の顔色を伺った。
「俺の話を聞いて欲しくて来た」
「何だそりゃ」
 私は首を傾げてから立ち上がり、パソコンデスクの椅子に掛けてあったカーディガンを羽織ると、ヒーターを彼に向けた。私はそのままパソコンデスクの椅子に座り、脚を組んだ。


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