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掴み取れない泡沫
【大人 恋愛小説】

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30.久野智樹-1

 俺は薄いグレーのタキシードを着てロビーに出た。ちょうどいいタイミングで俺の両親がロビーに入って来た。
「お、久しぶり」
 ひらりと手を上げると親父が握手を求めて来た。母ちゃんは俺の姿をみて何故か既に涙を流している。
「嫁さんは見せてもらえないのか」
 親父の言葉に「俺も朝しか会ってない。メイクから先はシークレットだそうだ」と言うと残念そうに廊下の奥の方に首を伸ばしている。
 相次いで至と拓美ちゃんが入ってきた。俺に手を振ると、久方ぶりに合う俺の親に挨拶し、拓美ちゃんを紹介している。
「どうもー」と甲高い声で入って来たのは君枝のお母さんで、俺に挨拶をすると、初めての対面になるうちの親と挨拶をし始めた。母子家庭である事などを話している君枝のお母さんの声だけが通る。よく喋るお母さんだなぁと思いながら、ジャケットの端についていた埃をさっと払った。
「じゃあご準備ができた方から会場にどうぞ」
 そう言われた瞬間から俺の心臓はこの上なくバクバクし始め、周りが見えなくなってきた。式場の係りの人がいう通りにしか動けない。気付くと俺は神父の目の前に立たされていて、席には両家の親が並んでいる。
「塁がこねぇなあ」と至と拓海ちゃんが話しているのが耳にはいる。確かに、いない。いれば人一倍くっちゃべっていそうなもんだ。
「寝坊かな」
「俺、電話してくる」
 至はチャペルを出て、直ぐに戻ってきた。
「圏外だ。あいつなにやってんだか。もうすぐ始まるのに。やっぱり君枝ちゃんのウエディングドレス姿なんて」
「至っ!」
 拓美ちゃんの言葉に口を噤んだ至は、俺の顔を見て「ごめん」と言わんばかりに合掌をする。カツカツとヒールを鳴らして若い女性がオルガンの前に座った。首元に下げているネックレスが、光を反射し、短く切りそろえた前髪が印象的な女性だ。
 結局塁は式に間に合わないまま、「それでは挙式を始めさせていただきます」と後藤さんの声がかかり、「新婦の入場です」の声がチャペルに響くとともに、オルガンの演奏が始まり、チャペルのドアが開いた。
 思いがけない光景を目にし、開いた口がふさがらなかった。


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