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掴み取れない泡沫
【大人 恋愛小説】

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29.矢部君枝-1

 プロポーズされて、私と智樹は揃って母のところへ行った。勿論母は喜んでくれて、「きちんと式はやりなさいよ」と言った。
 智樹の両親は仕事の関係で北海道に移り住んでいて、電話での挨拶になった。結局、初顔合わせは結婚式の当日となった。うちの母もそれで了承した。男性恐怖症の娘が嫁に行けるだけでも万々歳なのだ、うちの母は。

 やっぱりそうそう簡単に赤ちゃんはできなくて、月に一度の憂鬱な事はきちんと訪れた。
 結婚式場をインターネットで調べていると、座る私の後ろから被さるようにして智樹が「早く式、挙げたいなぁ」と言いだし、空き状況を確認したところ、ちょうどクリスマスイブに空いている教会を見つけた。
「ここいいじゃん、小さそうだけど、客も少ないうちらにはちょうどいいんじゃない?」
 そこは、古くからあるホテルの中に設けられた小さな教会で、高い天井、天使の彫刻、そういったものは一切ない、必要最小限のクラシカルな教会だけれど、それで十分だった。ネットで仮予約をすると、その週の土曜にさっそくホテルに出向いた。

「ドレスは種類が沢山あるので、お好きな物を選んでくださいね。タキシードも、数色用意してございます。それから.....」
 結婚式のいろはを聞き、その中で一つ問題があった。
「バージンロードはお父様とでよろしいですか?」
 その言葉に私も智樹も一瞬固まった。
「あの、私、父がいないので......叔父に頼みます。それでいい?」
 智樹の方に視線をやると「おじさん? いいよ」と、叔父の存在を初めて聞いたと言うような顔をしている。それもそうだ、話に一度も出てきた事がないのだから。「お母さんのお兄ちゃんか東京で働いてるの。私から頼んでおくから」
 そう言うと、智樹は納得し、ドレスの試着に移った。
「奥様の場合は華奢でいらっしゃるから、Aラインの広がるタイプがお似合いですね」
 担当になってくれた後藤さんが数着、オススメの物持ってきてくれた。
「私、胸が貧弱で。それを隠すようなデザインってありますか?」
 恥ずかしげもなく聞く私を見て、何故か智樹が赤面している。
「肩がしっりされているからこちらのホルターネックも似合いそうですね。着てみますか?」
 そこから五着程試着して、智樹が選んだベアトップの一着に決めた。デコルテが綺麗なのを強調した方がいいという、男性らしからぬ意見だった。
 対する智樹は、何を着ても似合うから、私の独断と偏見で薄いグレーのタキシードに決めた。
 あとは二人別室でヘアスタイル等の相談をし、途中で塁にメールで相談もした。

「実家と、至と拓美ちゃんと塁、君枝のお母さんとおじさんとおばさん、これでいいか?」
 結婚式場に渡す記入用紙に招待客をリストアップすると、「いいよ」と言って彼から紙を受け取り、備考欄に一言付け加えた。智樹にはばれないように、ひっそりと。


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