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掴み取れない泡沫
【大人 恋愛小説】

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28.太田塁-1

 智樹から、矢部君と結婚する事に決まったとメールが来た。隣に座って作業する曽根ちゃんに「ネックレスの受け取り主の結婚が決まったらしい」と言うと「それはおめでたいですねぇ」と全く平坦な声で返ってきたが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「やっぱ結婚指輪とかあげたのかなぁ」
「そりゃそうでしょ。で、塁はこのネックレスをその子にあげるの?」
 ちょっと考えて「何かそれっておかしいよな」と自分の思考を否定しに入った。
「おかしくはないけど、旦那さんからしたらどうなの、それって」
 うーん、と考え込んだ。俺と矢部君と智樹の間柄ならおかしくないのかも知れないが、一般的に考えるとおかしいのかも知れない。
「だな」
 そう答えながら作業を続行する。
「とりあえず完成だけはさせる。後の事は後で考える」
 そう言うと曽根ちゃんも頷いて、自分の作業に入った。

 作業をしながら曽根ちゃんの事を色々聞いた。吉祥寺には通ってきていて、自宅は神奈川にあるそうだ。同じだな、とそれとなく言ったけれど、全く無表情で返された。彼氏はいなくて、いてもいなくても困らない存在、と言って退けた。まぁ、そうなのだけれど。全てが無表情で、かえって面白い。平坦な道に、時々ぴょこんと出ている雑草みたいに、笑みが零れたり、照れて真っ赤になったりする。それが面白くて色々と話しかける。
「曽根ちゃんさぁ、今度めし食いに行こうよ」
 あと少しで貝殻の加工が終わる。全て終わってしまう前に。
「飯は家で食べるから」
 全く感情のこもらない目でそう言われ、酷く落胆しかけたところに「お茶ならいいよ」と救いの言葉が降ってくる。胸を撫で下ろすとは、この事か。
 彼女に拒絶される事を酷く恐怖に感じている自分がいる。どうやら、いや、どうやらじゃない、この子に惚れているらしいぞ。

「じゃぁこのラインに合わせて囲っちゃうよ」
 うん、と俺は答え、彼女がシルバーの基質で波打つ形の貝を囲って行く。軍手はしていない。とても奇麗な指をしているので思わず見とれる。
「何?」
 怪訝な顔をされ、俺は顔を引っ込め「何でもないっす」と答えた。ぶっきらぼうなところがまた。
「指が、奇麗だなぁと思いまして」
 改めて言うと、耳の先っぽからざーっと赤くなって「何それ」と顔を余所に向ける。
「今日焼いて、明日少し削るから、また明日来て」
「じゃぁ明日お茶しよ」
 一度収まった赤みがまた戻ってきて「明日? 急だな」と言いつつも「二時頃なら空くけど」と返答がくる。
 吉祥寺の駅までの間に、シャレたカフェがないかチェックしながら帰宅した。


「こんな感じで、後はこの辺を削って行こうと思うんだけど、それでいい?」
 彼女が紙に書いた素案に目を向け、「それでお願いします」と言いながら作業を見つめる。
 細かい彫りを入れて行く。それは本当に細かい作業で、俺は息を殺して見届けた。少しずつ、シルバーに模様が掘られて行く。最後に布で奇麗に磨き上げ、ヘッドが完成した。
 彼女は自分がしていたネックレスを首から外すと、そこからブルーの石が輝くヘッドを取り外し、俺が磨いた貝のヘッドを通した。
「こんな感じ」
 ネックレスを広げて俺に渡してきた。「おぉ」俺の磨いた貝に、曽根ちゃんが削ったシルバーの彫りが調和して、とても素敵な作品に仕上がっている。
「ねぇ曽根ちゃん、悪いんだけど、今日の帰りまでこのチェーン、貸してもらえない?」
「別にいいけど」と少し怪訝な顔をしつつも了解してくれた。
「あとね、お茶の場所、ここから駅に行くまでの間にある、赤いタイルが張ってあるカフェ。あそこに二時でいい?」
 そっけなく「うん」と答えると彼女は軍手をはめて作業に戻った。

「お待たせしました」
 工房でのエプロン姿とは一転、小洒落た格好をした曽根ちゃんがそこにいて驚いた。
「まぁまぁ座りなさいよ」
 俺は椅子を引いて彼女を座らせると、少し手が震えているのが分かった。俺らしくもない。手の平をぱっぱっと振る。
 飲み物をオーダーし、飲み物が運ばれてくるまではお互い無言であさっての方向を向いていた。ウエイターが飲み物を運んできてやっと、俺は口を開いた。
「ありがとね、ヘッド作り付き合ってくれて」
「お役に立てたなら光栄です」
 俺の目をちらっと見て、飲み物に目を落とした。ちらっとでも、見る事の方が珍しいように思える。
「あれね、友達にあげるのが惜しくなって、あげんのやめたの」
「うん」
 関心無さげな返答に困惑しつつも俺は続けた。
「あげたい人ができたんだ」
 飲み物に落としていた顔をぱっと上げ、「そうなの?」と珍しく俺の言葉に食いついてきた。何なんだこの女は。
 俺はポケットに入れてあった、曽根ちゃんのチェーンをヘッドごと取り出し、立ち上がると、彼女の首にかけ、首の後ろで留めた。一連の動作に、曽根ちゃんは一度も身体を動かさなかった。いや、動かせなかったのかも知れない。
 俺は席に戻ると頬杖をついて彼女の顔をじっと見た。彼女は驚きの目で俺をじっと見ている。口が、アホみたいに開いている。
「口、あいてまっせ」
 そういうとパクっと口を閉じた。とっても変わった子。とっても面白い子。とっても......。
「俺の彼女になって」
 驚くほど自然に俺の口から出てきた言葉に自ら驚き、赤面の一歩手前だった。
「迷う」と言う言葉が彼女の辞書にないのかと思ってしまうぐらいの反応で、彼女の首が縦に振られたのには更に驚いた。断られる事ばかりを覚悟していたのに。
「これ、は、どうすれば」
 ヘッドを握りしめしどろもどろになっている彼女に「あげる」と一言言うと、今まで見た事がないような、キラキラした笑顔を見せられ、驚いた。笑うとこんなに輝くのか。こんなんじゃ、いつも笑わせてやらなきゃいけないじゃないか。おかしな使命感が俺を支配する。


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