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掴み取れない泡沫
【大人 恋愛小説】

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24.久野智樹-1

「矢部君には何て言って来たんだよ」
 塁はOAチェアに体育座りをしてぐるぐる回っている。
「塁と男同士の話がしたいから、帰り遅くなるって言った」
 アハハ、と甲高い声で笑った後「きもいぞ」といつもの抑揚のなさで言われたので俺はそれとなく傷ついた。
 いつも通り散らかった塁の部屋で、缶ビールを開ける。
「飯なしでビールか、大丈夫か?」
「帰ったら君枝の手料理が待ってるからな」
 俺はニヤニヤしながら言うと、塁に「帰れ」と一蹴された。
「で、何だ、話って」
 塁は話を聞いてくれるらしく、椅子からぴょんと飛び降りて、冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出すと、壁に背を凭れて座った。
「君枝と、どうしたらセックスできると思う?」
 俺はどういう風にオブラートに包んで言うかずっと考えていたけれど、いい案が全く浮かばず、結局ドストレートに訊いてしまった。塁は怪訝気な表情で「うわ」と不快感をあらわにしている。
 それからやにわに立ち上がって、パソコンデスクから貝殻らしき物を手に戻って来た。それを天井に向かって投げてはキャッチを続けながら、口を開いた。名ショートは、貝殻を落とさない。
「今はどうしてんの。自分で処理してんの?」
 嘘をついても仕方がないので「そう」と答えると「俺と一緒だな」と言われる。そりゃ当たり前だろ。塁が風俗に行くとも思えないし。
「海でさ、俺、矢部君とその話したんだよ」
「セックスの?」
「そう、親父さんとのトラウマの話とか」
 俺よりも踏み込んだ事を話しているんだなぁと思うと妬けるが、その先が訊きたかったので口を噤む。
「なぁ、子供作ったら?」
「はぁ?!」
「そう言う事なんだよ、わかんねぇかな」
 俺は首を傾げ、塁も俺のまねをして首を傾げるので「わかんねぇよ」と言うと、「だからな」と塁はあぐらをかいて背筋を伸ばした。
「生殖行為としてのセックスなら、受け入れられるんじゃないか? って事。お互いの快楽を追求する遊びではなくて、子孫繁栄のためのセックス。要は、親父さんが要求した物とは全く別もののセックスって事ですよ」
 塁は人差し指をぴんと天井に向けて話す。はぁ、と俺は呆気にとられた。そうか。だから君枝はあの時、赤ちゃんが出来たら困るか?と俺に訊いてきた訳か。
「お前、すごいな。俺より全然分かってるな」
 感心して言う俺を一瞥して「君達よりも君達の事を分かってるんですよ、塁様は」とのたまった。
「公務員ならさ、子供が出来てもそれなりに休みも取れるだろ。子供ができなかったとしても、子づくりのためのセックスなら、矢部君は受け入れられるかも知れない。ま、やってみないと何とも言えないけどな」
 幾度か頷き、ビールを呑む。塁はペットボトルを振ってふたを開き、炭酸が抜ける音を何度も繰り替えし聞いている。
「何してんの、それ」
「俺、炭酸が抜けたコーラ大好きだから」
 こういう思考回路をしている癖に、ピンポイントで大事な事を考えているのだから、不思議だ。
「なぁ、塁は彼女欲しいとか、思わないのか」
 シュッと音をさせながら「矢部君ちょうだい」と言ったので、俺は塁の足を蹴り飛ばす。
「うそうそ。うそじゃないけど諦めたから。まぁ彼女は欲しくない訳ではないけど、俺みたいな不安定な仕事でさ、性格もこんなだしさ、なかなか相手もみつかんねぇよ。智樹みたいにイケメンでもないしさ」
 塁は童顔だが顔はいい。性格は確かにちょっとひん曲がったところがあるが、アーティスティックな彼女だったらお似合いなんじゃないかと、ふと考えてみる。
「美大のあたりうろついて、ナンパしてこいよ」
「人ごとだと思って適当言ってんじゃねぇよ。お前らが結婚するまで俺は一人でいるから、早く結婚しろ」
 早く結婚しろ、は本気で言ってくれてるのが分かるから、俺は嬉しくて、塁の頭をめちゃくちゃになで回してやった。つやっつやの茶髪があちこちに乱れるが、塁が手櫛を通すとすぐに元に戻る。


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