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「夜店の告白」
【ホラー その他小説】

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「夜店の告白」-1


 会社から徒歩十分弱、残り駅まで一分足らずという、いかにもお勤め帰りサラリーマンの『ちょっと一杯心理』を巧みに利用したいけ好かない夜店に今夜も二人、まんまと心奪われ肩寄せ合っていた。太陽が消えた街に赤く浮かび上がる、灯火光ったちょうちんに、『おでん』の黒字。藍の暖簾をくぐればその効果は良好で、懐かしきだしの香りとふわりと寄せた暖かな空気が、強ばった顔を笑わせる。決して師走の気候のせいだけではない寒寒しい外界が、まるで虚のように思えた。一日中義務的に事務的な仕事をこなし、大分すり減ってしまった背広と心を休めるに、ここはまさにおあつらえ向きの一店だった。
「それで、その遅れてきた子がこれまた、えらくベッピンさんになっちまってたんだ。別人だな、別人」
 あちこち寄り道し、どういう経緯か私は彼に、一昨昨日の土曜日にあった同窓会の話をし始めていた。もうかれこれ二七年前になる、中学時代との再会だった。
「聞いたらまだ独身なんだと。やっぱり結婚なんてしないにかぎるな。俺は何でも、養殖より天然ものの方が好みなんだ」
 もしこの場に異性が居合わせていたなら間違いなく、私は非難の豪雨に遭っただろう。二本目の銚子が空いたことで、気持ちが寛大になっていた。しかし隣の友人は何の返事も返さずに、彼が注文した半透明の大きな輪切りに割り箸でからしを塗りつけていた。常連客が付くだけあって、まさに絶品の一ネタだ。
「おい、聞いてるのか?」
 私は口元まで寄せていた猪口を留め、当然の文句を吐く。やっとのことでこちらに視線を移した友人の返事は、しかしながら呆気ない物だった。
「で?」
 その一言。私はこれほどぞんざいな言葉を知らない。『養殖より天然ものの方が好み』。だから?・・・そう言いたい彼の気持ちはわからないでもなく、今度は私の方が返事ができないでいると、友人はさっさともとの古巣に戻ってしまった。彼は平生からあまりおしゃべりな方ではなく、興味のあること意外にはまるで反応を示さない、良く言えばクール、悪く言えば味気ない男だった。
 それならば、と私は秘密兵器を取り出す。
「で、その同窓会の帰りに会ったんだよ。宇佐原先生に」
 さあ、これでどうだ。
 ・・・どうにもならなかった。友人は私のせっかくの秘密兵器をただの玩具だと勘違いして、ただ「へぇ」と軽くあしらった。いくらの私もそれにはひっかかり、
「おい、何だよその態度は。宇佐原先生だぞ。あの宇佐原先生だ。まさか忘れたとは言わせんぞ」
「うさばら・・・知らんな」 友人のあまりの風体に、私の声にも次第に熱がこもっていく。それまで一心に寵愛を受けていた猪口は見放され、ただカウンターに在るだけだ。しかし友人はまるで改心せず、

「知らんだとぉ?!おい、冗談だろ。宇佐原先生は俺達の恩人だぞ。どうしたら忘れられるってんだ」
「悪いが俺にとって恩人は、一人しかいないんだ」
「その一人が宇佐原先生じゃないのか」
「違う」
「ほう、なら聞かせてもらおうか。同士のお前の中からあの宇佐原先生の記憶を消しちまうくらいすごい、恩人中の恩人の話を」
 それがもし女との惚気話だとしたら一発殴ってやろう。私はもう意気込んでいた。


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