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詩<うた>を聴かせて
【アイドル/芸能人 官能小説】

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詩<うた>を聴かせて-1

『一つの空間に多くの熱気が伝わる。
強烈な閃光が辺り一面を覆い、中心に向かって力が集まる。
それぞれの感情、躍動感…全てを叫びに変えて空気を振動させる。
歓声が飛び交う中、ある旋律が力強く紡ぎ出された。
嫌なことも何もかも無に出来る…それがこの空間。
この中にいる私はとてもちっぽけな存在だけれど、私の好きな人はその中心にいる…。』


「光貴…おつかれさま」
「あ、柚!来てくれてたんだ♪」
光貴は柚葉を見つけた途端、走り寄って細みな彼女の体をぎゅっと抱き締めた。
ステージの上では見せない無邪気な笑顔。
歌っている間はあんなにカッコ良くキメているのに今はまるで別人だ。
整った顔立ちにくりっとした大きな瞳、172センチの男性にしては小柄な体に明るい茶色の髪。
その小さな体から生み出される透き通っていて、力強くセクシーな声。
彼、櫻 光貴は駆け出しのバンドのヴォーカリスト、通称“コウキ”。
そして、彼女の名前は柊 柚葉。
至って普通の女の子。
インディーズ時代あまり人気がなかった頃から彼等のファンだった柚葉が1年前、光貴に思い切って告白したことから二人の付き合いは始まった。
「なぁ、今日どうだった!?」
「えっ、あっ…うん、良かったよ!」
「さんきゅっ!柚が来てるってわかってたらメチャクチャ頑張るのに…何で教えてくれねぇの?」
「じゃ、今度からちゃんと伝えるね…」
光貴は柚葉と話す時、いつもじっと瞳を見つめてくる。
その真っ直ぐな瞳に正面から向き合えない自分がいることに柚葉が初めて気付いたのは一体いつのことだっただろう。
「あっ、そうだ。これから打ち上げやるんだけど、柚も来るだろ?」
振り向きざまに光貴が問い掛ける。
「うん、行きたいな…」
そう答えて、柚葉は思わず深く溜め息をついた。
光貴のバンドのライブに毎回必ず行っている。
自分が来ていると言えない理由は、彼女が胸に複雑な感情を抱えているからだった。


光貴のことを大好きなハズなのに…。
柚葉は自分の気持ちに自信が持てなくなっていた。
付き合い始めた当初はライブハウスにせいぜい100人集まれば良いところぐらいのバンドだったのに、メジャーデビューした今や、インストアイベントでも1000人近く集めることも数多くある。
そのことを光貴はとても喜んでいたし、柚葉も嬉しかった。
ただ同時に自分の惨めさを感じていた。
才能が開花している光貴と違って、自分はただの美大生。
音楽のことは何も分からないし、光貴が成長してゆく程、何もない自分が浮き彫りになってゆく。
自分は光貴とは釣り合わない…足枷にしかなっていない…
ライブに行って生き生きとしている光貴の姿を見る度に柚葉は何度もそんな思いに駆られた。


―――打ち上げ後、完全に酔いつぶれている光貴を柚葉は彼のマンションまで送ることになった。
マンションの10階の一室に光貴は一人暮らしをしている。
ドアの前に佇みながら柚葉は初めてここに来た日のことを思い返していた。
その日、お客さんがずっと集まらなくて落ち込んでいた光貴を柚葉は必死で励ましていた。
初めて見た光貴の涙…その時は愛情というより、女としての母性本能の方が勝っていたのかもしれない。
気が付くと自然にお互いの温もりを求めていた。
二人ともぎこちなかったが、それをきっかけにどんどんと距離を縮めてゆき、同時に光貴のライブパフォーマンスや歌唱力も格段に上がってついにメジャーデビューすることとなったのだった。
でもそれももう半年も前の話…。
渡された合鍵を手にして、柚葉は光貴を室内へと運び込んだ。

必要最低限のものしか置かれていない閑散とした部屋の窓から差し込む淡い月明りが美しく、そして悲しく感じられる。
「…光貴、家に着いたよ。起きて」
「う〜ん…」
光貴はいっこうに起きる気配を見せないので、仕方がなく柚葉は光貴を寝室へと運び込んだ。
「ん…よいしょっ…と!」
この部屋にあるものも机とベッドだけで、余計なものは何一つなかった。
机の上に言葉を書き散らした紙が何枚も置かれている。
ベッドの縁に腰掛けて光貴の寝顔を覗き込む。
月明りに照らされた横顔がとても色っぽく柚葉の瞳に映った。
彼の顔をそっと両手で包み込む。
胸がきゅっと締めつけられるような切なさを感じた。
思えば、1年も付き合っているのに光貴の寝顔を見たことはほとんどない。
光貴は私が眠りに就くまでいつも見守ってくれていたから…。


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