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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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29.寿至-2

「こればっかりはなぁ、智樹は実際あの子に手を出しちゃったわけだしな」
 中庭でジュースを飲みながら、拓美ちゃんの隣に座った。
「それにしたって引っ張り過ぎじゃない? 智樹君が振り向かないって、どうして分かんないのかなぁ」
 拓美ちゃんはさっきからイライラモードで、頭を掻いたり落ち着きが無い。
「精神的にイっちゃってんじゃないの、あの子」
 頭を人差し指でとんとんと叩いて、首を傾げている。仲の良い君枝ちゃんが痛めつけられている様は見ていられないのだろう。
 サークルを始めたばかりの頃は、なかなか君枝ちゃんが自分の話をしてくれないと言っていた拓美ちゃんだったが、最近は智樹との間の事も話すようになったらしく、身体の事も相談され「親友だよ、君枝ちゃんは」と言っている。
「何事も無いといいけどな」
「君枝ちゃんが心配だよ。自分を責める傾向にあるからね、あの子」
 ふと、後ろに人の気配を感じた。
「人の事より、自分の事を心配した方がいいんじゃない」
 星野の声がしてすぐ、拓美ちゃんが背後を振り向いた。
 そこには有り得ない光景があった。拓美ちゃんの背中から、解剖用のナイフらしき物が生えていた。
「え、何、これどういう事?」
 拓美ちゃんは背中の方に首を回して、視野に飛び込んでくる鈍色の物があまりにも場違いで、痛いとかそういう事よりも状況が飲み込めなくて、動けずにいる。
「拓美ちゃん、そこにじっとしてて。誰か救急車呼んで!」
 俺は中庭にいる人に声を掛けると一人の男性が手を挙げて携帯を取り出した。
 立ち尽くしたままで片側の口端だけをキュッと持ち上げて歪な笑みを浮かべる星野の顔は完全に異常で、俺はそいつを取り押さえておこうとしたら「いいよ、彼女の方行きなよ」と顔見知りでもない男性が三人、星野を取り押さえてくれた。
「ありがとう」と言って拓美ちゃんの横に寄り添った頃にはもう騒動になっていて、四方を取り囲む校舎の窓から人がじろじろ見ていた。食堂の方からもどんどん野次馬が沸いてくる。
 野次馬の上、頭一つ分背が高い智樹の顔が見えた。俺は彼に向かって手を挙げる。
「拓美ちゃん?!」
 智樹の叫び声と、隣に居る君枝ちゃんが息を飲むのは同時だった。智樹は星野の方へ歩いて行き「何で拓美ちゃんなんだよ。俺でいいじゃねぇか」と低く静かな声で訊ねた。
「久野君達の大事な物を傷つけた方が、久野君もあの女も苦しいでしょ。自分達のせいであの美人さんの背中に傷が出来たって、一生忘れられないでしょ」
 ずっと歪んだ笑いを崩さないいまま、視線は君枝ちゃんに向けられていた。
 君枝ちゃんは星野の事なんて目もくれず、拓美ちゃんの手を握って涙を流している。
「大丈夫だから、生きてるし、話もできるし、大丈夫だから」
 十二月の寒空の下、脂汗が滲み出ている拓美ちゃんを見て、大丈夫なんて思う人間は一人としていなかったと思う。


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