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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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22.久野智樹-1

「やっぱり寝ちゃったね」
 君枝が塁のからし色のダウンを持ってきて、肩の辺りに掛けてやったので、俺は自分のダウンを持ってきて、脚に掛けてやった。
「酒、そんなに強くないんだよな、こいつ」
 俺は君枝の隣に深く腰掛けて、腕組みしながら塁を見た。小さな背中が、規則的に動く。こいつがフランスで、フランス人だらけの社会で、きちんと生活できている事が不思議でならない。日本でさえ、浮く存在なのに。
 至と拓美ちゃんは俺達を気遣ってか、自分達のためか知らないが、二階へ酒を持って上って行った。上から賑やかな声が聞こえてくる。
「こんなに早く、塁が戻ってくると思わなかったよね」
 俺は頷きながらテーブルに置いた酒を手にした。
「やっぱり、塁の事、好きか」
 君枝は俺の顔をじっと見た後、笑いながら首を傾げた。それじゃ返事になっていないと思って口を開こうとした瞬間「好きだよ」という残酷な言葉が耳をつんざいた。
 それから彼女は俺の片手を握って「でも、智樹の事は多分、もっと好きなんだよ」と言う。
 俺は自分の顔が引きつって真っ赤になるのを感じて、すぐ下を向いたけれど、横から君枝の視線が刺さっていて、どうにもならなかった。「多分って何だ、多分って」どさくさに紛れて気になる部分を突っ込んだ。
「塁とはキスした。それは知ってるでしょ?」
 ビールを一口すすってから、ゆっくりと頷いた。
「だけど、塁とセックスしようとは思わない。何でだか分かる?」
 少し酔ってるんだろう。君枝は頬を赤くして、俺に寄り掛かるように座っている。俺は頭を振った。
「塁はさ、私の事も好きだけど、智樹の事も本気で好きなんだよ。男同士だから、キスしたり、そういう事は出来ないけど、本気なんだよ」
 何が言いたいのか分からなくて「どういう事?」と顔を覗き込む。
「塁は二股なの。だけど智樹は私だけを見てくれるって言った。だから私も、智樹だけを見る」
 俺は天井に顔を向けて目を瞑った。こんなに幸せな話ってあるのか。さっきは残酷だと思った彼女の言葉が、もう翻っている。天井を仰いだまま俺は口を開いた。
「さっき、流れ星にお願いした事、教えようか」
 うん、と消え入りそうな声で彼女は頷いた。
「君枝が幸せになれますように」
 彼女の視線を感じて、俺は顔を元に戻すと、君枝は恥ずかしそうに俯いた。「同じだ」
「へ?」と素っ頓狂な声を上げると「同じなの」という。
「智樹と塁が幸せになれますように」
 そこに塁の名前が入っている事は気に入らないけれど、君枝ならそうするだろうと予想はつく。それでも最終的に塁よりも、俺を取ってくれたのならそれで十分だ。君枝の幸せは俺の幸せだ。身体の中に、温かい液体が充満していくように、満ち足りた気分になる。
 俺は握った手を解いて、彼女の肩に回した。
「幸せに、なろうな」
 頭と頭をこつんとぶつけると、彼女はくすぐったそうに笑った。

 結局塁は起きる気配が無く、いつぞやと同じように布団へ運んだ。一度眠ると起きない。まるで子供みたいだ。
 俺だってコイツの事が好きだ。そりゃ男性同士で何も出来やしないけれど、他の男とは違う、特別な感情はある。だけどそれは、君枝に対するそれとは比べ物にならない位ベクトルの短いものであって、あえて口に出す必要のない物だと思っている。
 男の塁が俺の事を好いている。それだけで俺は十分幸せだ。しかし俺は、君枝と幸せになるんだ。塁に「仲良くやれよ」って言われた通り、幸せになるんだ。


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