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人為らざる物
【サイコ その他小説】

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人為らざる物-3

暗いな。
早く出してくれ。
つまらない日常はうんざりだ。
悲鳴が聞きたい。
恐怖が見たい。
お前がやらないのなら、俺がやる。
――― 狂っている?
ちがう。
価値観がずれているだけだ。
俺から見れば、狂っているのはお前らであり、世界全体だ。
どうして分からない。
消し去ることで見える美しさがある。
最後に見せる表情が、世界の全てだろう?
なぁ、そうだろう?

「違うな」
署に向かう車の助手席で、近藤は呟いた。
「違うって、何のことです?」
辺りはすっかり暗くなっていた。暗闇の中での運転が苦手なのか、真鍋は先ほどのように身を乗り出したりせずに、前方を凝視している。
「さっきお前がした説明だ」
「じゃあ、近藤さんはどう思うんです?」
「ドアを開けた人物と、殺しをした人物は、別モンだろうよ」
「えっ?」
「現場には三人いたってことだ。根室と近藤と、あと一人」
「けど目撃されたのは」
「隣のアパートから部屋全体が見られるはずがない。むしろ死角のほうが多い。その陰にひとり」
「潜んでいた・・・と?」
真鍋は近藤の表情を盗み見た。あの、凍てつくような眼差し。そして口元は。
「目撃されたのは、倉田が背中を一突きした瞬間。目撃者は直ぐに隣の部屋にある電話に向かった。たぶんその後、第三者がとどめを刺した」
「どうしてそう思うんですか?」
「まず殺人前後で犯人の冷静さがまるで違う。そして灰だ」
「灰・・・現場で見つかった煙草の灰ですか?」
「そう、根室、倉田は煙草を吸わない。そこにその時間、煙草をふかす誰かがいた」
前方の信号が赤に変わった。完全に切り替わったのに前の車は、横断歩道を突っ切った。
「すごいですね」
真鍋は感心する。
「あぁ、完璧な犯行だ。罪を着せるためにわざと窓を開けて目撃させた」
完璧な犯行だ、と近藤は繰り返した。真鍋が感心したのは近藤の推理力、洞察力であることに気付いていない様子である。
「ほんとにすごい」
どうしたら事件をそんな見方で捉えられるのか、真鍋には不思議で仕方なかった。まだまだ学ぶべきものは沢山ある。
『全車両に告ぐ。現在指名手配中の倉田真一の身柄を××派出所にて一時こうそくしたが、逃亡。近くの車両は至急現場に向かうこと。繰り返す・・』
「近いじゃないか」
近藤は言う。
確かに、ここから数百メートルと離れていない。倉田はまだ遠くに逃げていなかったらしい。
「飛ばしますよ」
言ってアクセルを踏む瞬間、警官が通り過ぎた。誰かを追っているようだ。幸運にも程がある、近藤は思った。
「下りるぞ!」
「はい」
急停車して警官を追う。街を離れ、人気のない暗闇に向かって走る警官三人。そして遥か前方にうっすらと見える倉田の影。
「先行きます!」
真鍋は加速した。さすがに若いだけあって走力は群を抜いている。一方の近藤は既に息を切らして減速を始めていた。
「あ・・あなた・・ハァ・・たちは?」
苦しそうに走りながら警官は尋ねた。
「ちゅ・・中央署の・・もの・・です」
肩で息をしながら近藤は答える。
「追いかけているのは・・倉田ですね?」
「ハァ、ハァ・・そうです。後は任せます」
そう言うと警官は膝に手をやって立ち止まった。相当長い距離を走ったのだろう。前方にはもはや人影は見当たらなかった。真鍋の追跡にかけるしかない。しかし若く、手柄を焦っている真鍋に任せるのは危険過ぎやしないか?近藤は走りながら、腰に手をやり、銃を持っていることを確認した。

ハァハァ・・ゼェゼェ・・
倉田の心肺機能は壊れる寸前だった。後ろを振り返る。まだ追ってきている。しかしそれは先程の警官ではなく、若い男だった。
「どうして僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ」
泣きそうだった。実際、涙がこぼれていた。不安、焦り、憤慨、負の感情の塊が雫となって流れていく。
――― 情けない
あぁ、情けない。僕は無実だ。どうして誰も信じてくれないんだ。
「待て!撃つぞ!」
真鍋は倉田に追いつき、後方から銃を向けた。
それを見た倉田は、ピタリと足を止める。
「動くな」
銃を構えながらじりじりと差を詰める。
「どうして」
倉田の涙に真鍋は立ち止まった。
「どうして僕が捕まらなきゃならないんですか!」
それはまるで悲鳴のように。本当に彼は犯人じゃないのかもしれない、真鍋は思う。近藤が言ったように、黒幕は別にいるのかもしれない。悲痛な涙が、真鍋を捕らえる。


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