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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第2話-4

―――目覚めたら、そこは保健室のベッドの中。
すでに昼休みにさしかかっている時間だった。
昨夜、濡れた体のまま眠ったせいで夏風邪をひいてしまったようだ。
決して眠り心地の良いベッドではなかったが、衰弱した英里の体はすぐに馴染む。
「はぁ…」
溜息混じりに寝返りをうつ。
これから圭輔とどう接していけばいいだろうか。
一人になると、考えてしまうことはいつもそれだった。
微熱で、頭が痛いが、どうしても思い悩んでしまう。
「英里、起きてる?大丈夫?」
保健室に見舞いに来てくれた友人の声が、いつまでも終わらない彼女の思考を遮ってくれた。
「うん、寝てたらだいぶ楽になった…。ありがと」
「お礼なら、長谷川先生に言わなきゃね」
「え…!?」
思わず、英里はどきりとする。何故ここで圭輔の名前が出てくるのだろうか。
「先生が保健室まで運んでくれたの」
「そうなんだ…」
「すごかったんだよ〜、お姫様だっこってヤツ初めて見たわ!」
「うっ、嘘…!」
友人の衝撃発言を聞いて、英里の顔が真っ赤に染まる。
「あんた背ぇ高いのに、軽々と抱き上げちゃってカッコ良かったよ〜?あれは絶っ対先生のファン増えたね」
恥ずかしいような、嬉しいような、そんな感情がない交ぜになって英里の心臓は激しく波打つ。
「あ、お昼ご飯買ってきたけど、先生いないみたいだし、ここでナイショで食べちゃおっか?」
そう悪戯っぽく微笑んで、友人はカバンからこっそりパンといちご牛乳を取り出す。
「うん、少しもらうね…」
気だるい体をゆっくり起こして、英里は力なく微笑んだ。

保健室での二度目の目覚め。
もうとっくに授業は終わり、放課後だった。まだ頭が重い。
「水越さん、一人で帰れる?」
ベッドに横になっている英里の青白い顔を覗き込みながら、保健の先生が優しく声を掛けてくれた。
「はい、もう大丈夫です…」
「そう、気をつけてね」
ふらふらと歩いていると、急に眩暈がして、堪らずその場にしゃがみ込んだ。
心配掛けないよう平気だと答えてしまったが、少しつらいかもしれない。
「やっぱり帰れないんじゃない?職員室から手が空いてる先生探してくるから、送ってもらいなさいよ」
「ごめんなさい…そうさせてもらえると助かります…」
英里はぐったりとベッドの縁に腰掛ける。
夕方になって急に体調が悪化したみたいだ。喉の奥がひりついて、頭も鈍く痛む。
程なくして、保健の先生が戻ってくる。
「お待たせ。長谷川先生にお願いしたから、駐車場まで一緒に行きましょう」
「はい…」
英里は、内心安堵した。
過去のある傷痕のため、彼女は基本的に教師という存在自体にいい印象を抱いてはいないのだ。
もし、特に苦手な男性教師だったら、這ってでも自分一人で帰るつもりだった。

帰りの車内で、二人は今日初めて言葉を交わす。
「先生、今日ありがとうございます…。私、倒れちゃった時…」
「あぁ」
圭輔の態度は堅かった。
彼は、昨日の自分がどうしても許せなかった。
しかし、圭輔がそんな態度を取れば取るほど、軽口を叩いてしまった英里の罪悪感も募っていく。
そんな思いから、彼女はついこの事を口にしてしまった。
「先生、私を、抱いて下さい」
ストレートすぎる言葉に、圭輔は面食らった。が、すぐに気を取り直し、
「…またそんな冗談…」
「いえ、今日は、冗談じゃ、ない、です…」
たどたどしいが、英里は思い切って自分の気持ちを圭輔に告げた。
「…俺の事、バカにしてるのか?」
感情を押し殺したような声で圭輔は答える。
今まで英里はそういう思いを一切抱いていなかったのに、突然こんな申し出をするなんて、圭輔はつい苛立ったような口調で返事をしてしまう。
いつも穏やかな彼が怒る事なんて滅多にないので、英里は身を竦めたが、怯まなかった。
「先生、私ばかり子どもだから、困らせてしまってごめんなさい…。先生が私を必要としてくれているなら本当に嬉しいから、だから…その…」
熱に浮かされているのか、普段なら絶対に言えないような言葉が次々と出てくる。
そんな英里の言葉を、圭輔が遮る。
「俺は、せめて水越さんが卒業するまでは…そういう関係にはならないつもりだったから、もう気にしないでいい…」
圭輔は、苦々しい表情でそう答えた。
昨日は、隣人の情事の声に、触発されただけ。
自分の部屋に彼女がいるという状況に、少し胸の奥がざわめいただけだ。
今、彼女を抱いてしまえば、そのままずるずると、彼女を欲してしまいたくなる。
心だけではなく、体が彼女を幾度となく求めてしまう。
どうしても、彼女の申し出を、受け入れるわけにはいかなかった。
…胸の奥がちりちりする。
彼の返答に、英里はそんな焼け付くような感覚を味わった。
自分の卒業と、今の気持ちには何の関係もないはずなのに。
正面を向いているため、英里には彼の表情はわからない。
息が詰まりそうな沈黙の後、掠れたような声で圭輔に訴える。
「そんなの、ずるいです…。生徒だからだめだなんて。こんな気持ちにさせたのは、圭輔先生なのに…!だったら、どうしたらいいんですか…!?先生が私の事、どう思ってくれているのか知れて嬉しかった。このまま何もなかったように、いつも通りになんて振舞えない…」
英里の言葉が、彼が胸の奥で必死に縛り付けている理性を、解放しようとする。
昨日は彼女の前で、つい綻びを見せてしまったが、次は絶対に許されない。
揺らぎそうになる自分を戒める。


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