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世界から四角く切り取られた破線
【学園物 恋愛小説】

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 担任の高橋は身長が160センチメートル弱の小柄な男だ。よくもまあ、強豪男子バレー部を率いて顧問をやっているなあと泉は思う。そんな彼の顔を見るのも二年目。昨年も高橋が担任だった。三年は繰り上がり式だから、高校生活の全て、この男が担任と言う事になる。
 まあ、泉の事は女子バレー部員だからなのか、贔屓目に見てくれているし、担任としてはなかなか出来の良い方だと、泉は感じている。部活仲間の郁美は「もううんざり」と言っていたけれど、郁美だって高橋には可愛がられている。

 体育館での始業式を終えた後、教室に戻りホームルームが始まると、泉は高橋に対する考えを改めなければと思った。
「誰か、明日からの時間割表を模造紙に書いてくれないか?」
 誰か、なんて曖昧に言って、誰かが率先して手を上げる程、今時の高校生はデキてはいない。
 教室をぐるりと見回している高橋と目線が合わないように、顔を下に向けていたが、なかなか特定の人物の名前が上がらない事を不思議に思い、顔をあげる。その拍子に高橋と視線がかち合ってしまった。高橋はにやりと笑い、そのままカツカツと最後列まで歩いて来た。
「んじゃぁ、泉、頼んだ。今日部活無いしな」
 アッサリとした顔で丸めた模造紙と黒いペン、それから大きな物差しと時間割が書かれた紙を、目の前に並べた。
「何で私なの」
 泉は高橋を糾弾するような目で見つめるも「他に頼める人がいないんだよ」と言って教壇に戻って行く。
 この大きさの模造紙は、すぐに角が丸まってきて、一人だとなかなか手間取るんだ。一縷の望みを抱いて、一番離れた大輔の方に視線を遣ると、彼は舌を出して嘲笑っている。大輔に助けを求める事は諦めた。
 すぐ隣から、聞き慣れない、けれどしっかりした声で「手伝おうか」と声がした。浩輔の方に振り向くと、やはり少し遠い次元で微笑んでいるように見える。
「迷惑?」
 小声で覗き込むように顔を寄せる彼に、両手を目の前にブンブン振って「んな事ない、ありがたい、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」と好意に預かる事にした。

 一人、また一人と、今日からクラスメイトになった人間が、泉達の作業に脇目も振らず帰って行った。大輔と郁美、彼氏の春樹も、三人揃って仲良く「じゃあねー」と帰って行ったので泉は中指を突き立てた。浩輔は手を口元に当ててクスッと笑った。少しまともな彼の笑い顔を見た気がした。

「やっぱり黒一色じゃ地味だよね、他の色も借りてこようか」
 泉は薄い黄色の模造紙に枠線だけ書き上げた時間割表を床に置き、端が丸まらない様に定規を置いて、立ち上がって上から見下ろした。
「他の色ペンは、教室にあるの?」
 模造紙を押える係をしていた浩輔は役職を一時解かれ、ぐるり教室を見渡した。
「それがさあ、体育教官室にあるんだよ。面倒臭い事に。あと一色でもあれば事足りるのにな」
 泉は、これから教官室に行くか、黒で我慢して皆に「地味」と言われるのを覚悟で掲示するか、迷っていた。腕組みしながら考えている泉を暫く見ていた浩輔は、口を開いた。
「俺、教官室なら場所、分かるから、行ってくるよ。一色でいいよね」
「あ、でも......」
 呼び止めようとした時には既に、彼は教室のドアを飛び出していて、止める事ができなかった。
 あっという間に姿を消した彼の、見えない後姿を茫然と見ていた。
 数分後、緑色のペンをくるくる回しながら浩輔が戻ってきた。
「あ、緑にしたの?」
 ペンを泉に渡した浩輔は「うん」と口角を持ち上げる。
「柳沼さんのペンケース、中身も外見も緑色だらけだったから、緑が好きなんだろうなって」
 泉は真顔で浩輔を見つめたが、自然に頬が持ち上がる感覚があった。
「浩輔君、優しいんだね」
 浩輔は下を向いて軽く笑ったようだった。


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