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幸せを誓う。
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幸せを誓う。-1

「あんたはうちの恥さらしだわ」。幼稚園入試で滑ったたった3歳の娘に、両親ははっきり言った。「お前はうちの子供じゃない」その頃はまだ素直だったが、10年も経つとひねくれて不良になってしまった。いくらでも墜ちたいだけ墜ちて行ける、死にたければいつでも死ねる。中学になってから始まった虐待にもうんざりしていたし、そろそろ死のうかと思っていた。
そんな時だ、海先生に会ったのは。
「新しくこの学校に来ました、岩村海です。大阪出身なんで関西弁やけどよろしくお願いします」関西弁というのは生活に支障でもあるのだろうか。海先生に対して最初に思ったことはこれだった。お気楽そうなそこそこかっこいい兄ちゃん。客観的に見ればいい男だが、あまり関わり合いたくないタイプ。授業が始まると字が限り無く下手で、こいつはなんなんだという感じだった。

「はい、ではこの右ネジの法則使って電流の向き判りましたね!?そしたらこの器具は片付けて下さい、べらぼう高いねん」理科の時間、私は半分寝ながら授業を聞いていた。耳に入るのはざわめきと岩村の関西弁。そんな喧騒を避けて寝られる時に寝て、早く目の下の隈を治したかった。
「で、秋本さん聞いてないやろ」「…うん」のそりと上半身を起こして顔を向けると、岩村の顔が引きつった。「…やっぱええ、寝ててええ。あとで教職室来て」「なんでですかめんどくさい」「顔がヤバいねん」「あぁそうですか」みんなが私の態度に呆れる中、私は本気寝し始めた。あぁ、天文の授業をサボるなんて…私の馬鹿。

「秋本さん大丈夫なん?寝とる?隈がひどいから心配や」「大丈夫だよ、慣れたもん。可愛くなくなってきた自分にも暴力振るう親にも。心配してくれてありがとね」「う、うぃす」スーツで立ち尽くした岩村は家での私によく似ていた。家族の中からハブられて、いつも彼らから一歩引いて見てる自分。本当は一緒に肩を並べて歩きたいのに、傷が痛んでその勇気までもを奪われる。スカートがこれだけ短ければ足の痣も見えるだろう、脱げばもっとすごい痣がたくさんある。心配してくれるのは嬉しいけど、私を今の家から救えないなら半端に関わるのはやめてほしい。糠喜びさせてまた地獄に突き落とされたらどんなに辛いか岩村には判るまい。
「ちゃんと寝るんやよ」後ろから控え目な声が追いかけて来て、ひらひら右手を振って答えた。寝ないのは別に私の趣味じゃないんだけど、と言うのは面倒だからあきらめた。外では悪いことばかりやってるけど、たまには家で休みたい。けれどそんなのは夢だ。いつまでも私はこのまま、ずっとこうして生きるんだ。考えるだけでも眩暈がする…。

「ただいま帰りました」「遅い!」ドカッ。扉を開けた瞬間に横腹を蹴られた。「委員会があって…」「そんなのは関係ない、早く夕飯作れ!」この女の体にどうしてこれほどの力があるのかと不思議に思う。いつものことだが顔面にもパンチを食らって目の周りに痣がまたできた。着替えるまもなく台所に立って、カレーの用意をする。
「何してやがる、早く作れ!悠斗が塾行けねぇんだよ!」悠斗、出来がいい弟。頭がよくて人望も厚い。「悠斗ねぇ…」じゃがいもを取ろうと手を伸ばすのと、彼女が包丁を叩き下ろすのが同時だった。
ガツッ。
なんだか石でもぶつけられたような衝撃が来て、まな板も鍋も床も真っ赤になった。周りが紅くて、着ていた白い服も紅い斑点に染まる。「…ったぁっ…」手首を見ると、紅い肉の間から骨が覗いていた。母親は嬉しそうに「そのまま死ねば!?死んじゃえ!」と幼い子供のように叫んだ。ガチャッという開錠の音がして、〈ああ、悠斗は遅刻しないな〉と思った。夕飯は作らなくても平気だな。

翌日無理やり傷を塞いで登校すると、途中で倒れてしまった。気が付くと学校の保健室にいて、横には担任ではなく副担任の岩村が座っていた。「ほら、秋本さんあかんやん。倒れたって連絡来てすぐ駅行ったんやで。寝てへんからそうなるねん。顔色も真っ青やし」上半身を起こすと世界が揺れた。岩村が支えてくれてベッドから落ちずに済んだが、危険と言えば危険。「ありがと」彼の手を離そうとして左手を捩ると、セーターの袖から昨日の傷が見えた。はっとして手を引く。
「…俺、今気になるもん見た気がするんやけど。気のせい?」「…うん。気のせいだよ」左手をパッパッと振った。すると、紅い液体が袖口に付いた。「気のせいちゃうやん!ちょっと手ぇ出し」手近のイソジンと包帯を取ると、岩村は私の左袖を捲った。骨まで見えてる手首を見ると顔をしかめる。「秋本さん自分でやったん?なんで?あんなにクラスでも仲良くて可愛くて楽しいないんか?」「好きで斬ったりなんかないよ。昨日親にやられたの、倒れたのも多分貧血でしょ」包帯を巻いて最後を金具で留めると、岩村は普段より幾分充血した目を向けてきた。


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