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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.35 太田塁-1

 見送りはいらないって言ったが、はいはいそうですかと大人しく引き下がるような連中じゃない事は承知していたので、便名と時間だけは告げておいた。
 案の定、成田のゲート前に、いつものメンバーが集結していた。
 こういうの苦手なんだよ、俺は。
 いつもポーカーフェイスで淡々としている俺が、最も苦手とするのは別れだ。だから来て欲しくなかった。
 とりわけ、智樹と矢部君には来て欲しくなかった。だけど平然とした顔でそいつらは手を振って待ち構えていた。

「本当に来てんの。来ないかと思ってたのに」
 俺は極めて冷静な声でそう言うと、至がロビーに響き渡るようなデカい声を出す。
「親友の旅立ちなんだから当たり前じゃないか」
 俺は苦笑した。このデカい声とも暫くおさらばになるんだ。
「頑張ってこいよ。スゲー人になって戻って来い」
 俺は至と固い握手を交わした。相変らずごつい手をしている。
「フランス人のイケメンがいたら、絶対メールしてね」
 細長い腕をさっと伸ばす拓美ちゃんは、涙なんて見せず、にっこり笑っている。俺は彼女の手をギュっと握り「至には内緒でメールするから」と言った。
 その隣に立っていたのは、一番背の高い、一番憎たらしい、一番長く一緒にいた、一番好きで一番嫌いな智樹だった。
「お前、帰国したらすぐ連絡しろよ」
「お前こそ、電話出ろよ」
 智樹は両腕手を大きく広げた。だから嫌なんだ、別れなんてこれっきりにしたい。
 俺は智樹の両腕の間に入って行き、抱擁をした。意識せずとも目頭が熱くなって、頬を生ぬるい物が滑り落ちた。
「矢部君に変な虫がつかない様に、見張ってろよ」
 俺の声は震えている。その声に反応して智樹の腕が強くなる。
「お前が帰ってくる頃には、完全に俺の彼女になってるから大丈夫だ」
 智樹の胸の前で涙を拭うと、腹にめがけて一発お見舞いしてやった。智樹は苦笑いをした。それが別れる時のツラか。
 隣で細い体を一層細めているメガネ女が立っていた。何も言わないから俺から歩み寄った。俺が腕を広げて、そして動かない彼女を抱きしめた。
 俺の胸で泣くのはこれで二回目か。俺はコイツを抱きながら初めて涙を流した。震える声で、俺が言えた言葉は一言。
「ずっと、好きだった」
 彼女は身体を震わせているばかりで、何も言わない。何も言えないのだと思った。サークル勧誘の時に香った、シャンプーの香り。鼻を掠める。
 そのうち、搭乗案内のアナウンスが流れてきた。そろそろ行かなければと思い、身体を離そうとすると、彼女が俺の背に回した腕をぎゅっと強め、そして嗚咽を押さえて言った。
「私はこれからも好きだから」
 身体を離し、俺は少し身体を屈め、彼女の顔をのぞき見た。
 泣いているが、笑っている。これなら大丈夫だ。
 俺はその体勢のまま彼女の顔に近づき、そっと唇で触れた。

「そんじゃぁ、行ってくんねー」
 ガラガラと黒いスーツケースを押しながら、片手でひらりと手を振った。
 ゲートに入ると、あいつらの顔はすぐに見えなくなった。
 俺はそばにあったソファに座り、ひとしきり泣いた。抑えていた嗚咽をそこで掃出し、涙を全て出し切ってから飛行機に搭乗した。
 メールだってしようと思えば出来る。電話だって。だけど俺はしないだろう。そんな事してたら、俺は日本に戻りたくて仕方が無くなってしまうから。


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