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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.15 太田塁-1

 矢部君と相合傘をしたら、智樹が難癖つけてくるだろうとは思った。予想通りの展開だ。やはり智樹は矢部君に気があるらしい。
 智樹が幸せになれば良いと思っている。だから理恵ちゃんと智樹が別れた事にショックを受けた。お似合いの二人だったから。俺には付け入る隙がないぐらいに幸せそうに映っていたから。
「俺と相合傘じゃ、嫌だとか、思ってる?」
 俺は矢部君のピンクの傘の柄を握って、なるべく彼女が濡れない様に、彼女に近付くが、彼女はどんどん離れようとする。嫌がり方が露骨だ。
「嫌だとは思ってないけど、その......」
「リハビリ、でしょ」
 そう言って彼女の肩に俺の腕を押し当てると、飛び退く様に彼女が傘から飛び出た。もう彼女の左肩は雨に濡れている。
「なーにやってんの」
 傘を差し出すとおずおずとその下に戻ってきた。
「智樹と相合傘の方が、良かった?」
 俺はかまをかけた。彼女が智樹に気があるのか、知りたかったのだ。我ながら、嫌な奴だと思う。
「そ、そんな事ない。傘がない人に傘を貸すのは、あ、当たり前でしょ」
 どうやら、まだ智樹の事をどうにも思っちゃいないようだ。
 だからって俺は何なんだ?矢部君を智樹に取られたくないのか?智樹に幸せになって欲しいんじゃないのか?

 俺はずっと抱えて来た、誰にも言えない思いがある。それは中等部の頃から続いている。
 俺はそれなりにモテた。女から告白される事は何度もあったが、断り続けた。俺より女にモテたあいつが、そうしていたから。野球にのめり込むあいつが、女を寄せ付けようとしないから。
 俺はあいつの事が、好きなんだ、多分。ホモって訳じゃない。そういう関係になりたいんじゃない。ただ、女として完璧な理恵ちゃんが介入する事でカモフラージュされていた智樹への歪な感情が、ここに来てジワジワと顔を出しつつある。
 智樹が矢部君に惚れているならば、俺はそれを阻止する。男嫌いの矢部君を俺に振り向かせる。俺は智樹に勝つ事で、智樹への歪んだ感情を封じ込める。
 だがそんな事ができるだろうか。封じ込める、なんつって、相手は怪物でも何でもない、感情だ。
 そもそも俺は、矢部君あるいは理恵ちゃんの事が好きな智樹、幸せそうに頬を赤らめている智樹が好きなのだから。ややこしい。


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