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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.9 寿至-1

「おい、日頃の行いが悪い奴、手を挙げろ」
 正門横につけた赤いレンタカーの助手席のパワーウインドウを開け、運転席から大きな声で言った。
 俺がレンタカーを借りに行った時は、確かに晴れていた。天気予報は曇りで、当てにならんもんだなと思いつつ書類に必要事項を記入し、車に乗って店を出た。
 と、すぐにボンネットを叩く不規則な音がしたと思ったら、ワイパー総動員の大雨。今は小雨に落ち着いているが、止む気配がない。
「日頃の行いなら塁君のせいだと思いまーす」
 智樹の低い掠れ声に一斉に皆が頷く。
 紺色の傘に一緒に入っている塁の頭を智樹がポンと叩くと、塁は智樹の鳩尾に一発拳を入れた。あいつらは兄弟みたいだ。
「どうする、食材は買ってあるからこのまま解散ってのもなぁ」
 俺は各人の顔をみたが、これと言って案が浮かびそうな気配もなかった。そんな中、槍玉に上がっていた塁が「智樹ん家行こうぜ。五人なら収容出来んでしょ」と人差し指を上げて言う。
「な、何で俺ん家ぃ?」
「だって誰もいないし、食材だって消費できるし。他に案が無い癖に文句垂れんじゃねぇーよ」
 塁より少し位置の高い智樹の頬をグイッと引っ張っている。こいつらは暇さえあればこうやって小競り合いをしている癖に仲が良い。
「よし、じゃあ智樹宅って事で。拓美ちゃん、乗って」
 俺は助手席のノブに手を延ばし、ドアを開けた。拓美ちゃんは苦笑しながら長い脚を助手席に伸ばした。後部座席では誰がどこに座るか、また小競り合いだ。
「智樹が奥だ」
「何でだよ、お前が奥行け」
「私が奥行きます」
 一番静かな声でさっと動いたのは君枝ちゃんで、その動きを止めたのは塁だった。
「よし、俺が奥、次が矢部君、最後が智樹」
 何の決定権があるのか分からないが、さっと塁が奥に座った。君枝ちゃんは申し訳なさそうに智樹に一礼すると、智樹は笑顔で彼女の隣に座った。

 智樹の家はそう遠くなかった。小雨の中、車を走らせる。
「ねえ、矢部君は何でそんなに縮こまって座ってるの?も少しリラックスしたら?」
 赤信号で後ろを見ると、君枝ちゃんは智樹にも塁にも身体が当たらないように、細い身体をさらに細めて前のめりに座っている。
「ほら、シートに背中をつけて」
 音から察するに、塁が君枝ちゃんの身体を掴んで、シートに倒した様だ。
「やめてよ!」
 今迄聞いた事の無い君枝ちゃんの強い口調に一同は口を噤んだ。俺は後ろを振り向いた。何事かと思ったのだ。
「ご、ごめん、私、男の人に触れられるの、苦手なの。あはは」
 自分自身を哀れむように笑うその引き攣れた顔に、同情を禁じ得なかった。
 塁は何かを感じ取ったのか「悪い」と一言謝って、彼女から手を引いた。

 智樹の住むマンションは、一人暮らしには少し広いぐらいだ。五人なんて余裕で入る事ができる。
「ホットプレートはあったよな?いつかお好み焼やった時の」
 俺の言葉に、腰に手を当てて考えた挙句「ああ」と智樹は思い出したように、押入れから箱に入ったホットプレートを出してきた。智樹の部屋は何時でも片付いていて気持が良い。
「さあさ、拓美ちゃんはこの座布団で」
 自分の家でも無いのに勝手を知っているのでリラックスできる。拓美ちゃんは「良いお部屋だねー」と辺りを見回して感心していた。拓美ちゃんも一人暮らしだったっけ。


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