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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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歓迎!-2

 そこに立っていたのは、腰からウォレットチェーンを下げ、黒い革のライダースを身につけ、タータンチェックのパンツにエンジニアブーツを履いている、見るからに「パンク」なお兄さんだった。髪型も、色こそ黒いがソフトなモヒカンに近い。
 対峙する形となった葉子は唖然とし、その様子を見に来たスミカは音が聞こえるぐらいの規模で息を呑んだ。
 ただ一人、健人だけは「いらっしゃい」と冷静に声を出した。

「む、麦茶でいいですか?」
 スミカが彼に尋ねると、意外と申し訳なさそうに「恐縮です」と答えたので、葉子は笑いを堪えきれず顔を覆った。
「恐縮です、だってよ」
 キッチンに立つスミカの肩をバシバシ叩きながら耳元でクスクス笑う葉子を、スミカはやんわりたしなめた。
「人は見た目じゃないんだから」
「でもスミカだってビックリしてたじゃん、ヒュッて息飲んだの、聞こえたぞー」
「そうだけど」
 さぁお茶出すよ、とスミカは四人分の麦茶が乗ったお盆をリビングのテーブルに運んだ。対面するソファに合わせて、四人分の麦茶を置く。

 葉子は目の前に座る「アテ君」をチラチラと観察した。
 何月だと思ってるんだ、もう五月だよ?暑くないの?ライダースにブーツってどんだけパンクス!
 内心でそう語る葉子だが、好き好んで聴く音楽はパンクミュージックだったりするので興味は津々だ。
 麦茶を配り終えたスミカがアテ君の隣に座り、「お名前聞いてもいいですか?」と覗き込むようにして会話の口火を切った。
「小久保です。小久保晴人です」
 葉子とスミカは顔を見合わせ、示しを合わせたように二人揃って「小久保?」と首を捻った。
 それに答えたのは健人だった。
「兄なんだ。種違いの兄ちゃん」
 小久保晴人は無言で二度頷きながら、ライダースを脱いでいる。
「ああ、確かにチョット似てる、よね?」
 葉子はスミカに話を振ると、スミカは「うん、何か似てる」と二人を交互に見た。
 パンク色を無くした小久保晴人は、健人に似ているかもしれない。あるいはメガネを外した小久保健人は、晴人に似ているかも知れない。

「先に部屋を見てもらおうか?」
 葉子は立ち上がり、「こっちです」と晴人を案内した。
 葉子の部屋の手前、水色のドアを開けると、ギギィと古い金具の音がする。
「下が四畳半、上はロフト。ベランダは私の部屋と続きになってます」
 はい、はい、と話の途中途中で律儀に返事をするパンクスが可笑しくて堪らない葉子は、腹筋の痙攣を抑えるのに必死だ。地味な筋トレだ。
「隣は私の部屋で、弟さんとスミカ、あの人形みたいな子、二人の部屋は二階。風呂とトイレはリビングの横から行けます」
 足早に説明し、スライディングでもするかの勢いでソファに戻って行く葉子の後ろ姿を、晴人は怪訝な表情で見つめた。
 葉子はソファに身を沈めるなり足の間に顔を埋めて笑いを堪えた。パンクス、礼儀良過ぎ。
 晴人も再びソファに座り、スミカからシェアに関する決まりごとの説明を聞いた。
「ご飯は基本的に私が作ります。勿論お手伝いは大歓迎。私が作れない日は実家の家政婦さんに頼みます。お風呂とトイレ、共有スペースと外の掃除は残りの三人で適当に分担してください。ご飯が不要な時は十八時までに私に連絡を。家賃と食費は月の終わりに精算するので、私に支払ってください。あとは、晴人さんの年齢にもよりますが――あまり離れていなそうなので、敬語は無しで」
 ここでも話の間に何度も真面目な顔で「はい、はい」と返事をする晴人が可笑しくて、葉子は顔を背けたり、クッションを顔に押し付けたり、終始落ち着きがなかった。
「皆さんが嫌じゃなければ是非、シェアさせてください」
 落ち着き払った声で晴人が皆を見た。
 スミカはにっこり笑って頷き、健人は紹介した身であり断る訳もなく明後日の方向を向いていたし、葉子はクッションで顔を覆い「意義なーし」くぐもった声を発した。
 葉子は内心、パンク好き(かどうか見た目しか判断材料はない)が一つ屋根の下で暮らす事を少し喜ばしく感じていた。ある事を切欠に、バンクス全般に好意を寄せているのだ。そのウキウキ感が、落ち着きの無さに表れていたのかも知れない。
 こうしてバードハウスは、新しい住人を迎える事となった。


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