盟約-2
「頼んでねえし、帰れよ」
俺の素っ気ない返事に、今村のこめかみがピクリと動き青筋が浮きあがる。
「ほう?俺にそんな口叩くならこっちにも考えがあるぞ?」
今村はピィッと指笛を吹いた後、大声で叫んだ。
「乾ーー!!居たぞぉ!!」
はい?!薫子も来てんの?!今、一番会いたくねえ!!
俺は慌てて木から木へと跳び移りその場から逃げる。
「逃げるな!!猿!!」
今村の怒号が響く。
逃げてんじゃねえ、これ以上薫子に酷い事したくねえんだよ!
ザザッと葉が擦れる音と、木の枝が軋む音……俺は必死になって木々の間を跳ぶ。
「アツ!」
薫子の声……同時に体がビクンと強張って無様に地面に落ちた。
ベキッバキバキッ ベシャッ
金縛りは時と場合によって使ってほしい……折れた枝による切傷と、地面に叩きつけられた衝撃に顔をしかめながら、俺は切実にそう思った。
「アツ!」
息をきらした薫子が心配そうに俺を覗き込む。
「薫子……金縛り解いて下さい」
仰向けの状態で情けない事この上ない。
「嫌だ」
「頼むから……」
「解いたらまた居なくなるであろう?」
「ぅ……」
薫子から視線を反らしたまま、俺は言葉に詰まった。
ポツリと頬に滴が落ちる……雨かと思ったら、それは薫子の目から溢れた涙だった。
「……か、薫子?」
「心配した」
「いや、その……すんません」
薫子はボロボロと零れる涙を拭きもせずに続ける。
「お主が居なくなって、探そうと思ったのだが神通力が弱くて……仕方なく今村の霊力に頼った」
薫子は犬神としての力をセーブされている。
そこで渋る今村を説得して霊力の使い方を教えてやり、俺の妖力を辿って探し出したらしい。
「すんません」
ああ、泣かないでくれよ……って、泣かしてんの俺か。
「アツ……私が嫌か?」
へ?
「ずっと我が儘を言って迷惑をかけている……私の事が嫌いで迷惑ならハッキリ言ってくれ」
地べたに正座して制服のスカートをギュウッと両手で握りしめた薫子。
耳と尻尾はペタンと垂れているし、閉じた目からはポロポロと涙が零れている。
俺は気合いと根性を総動員させてギギギと左手をあげた。
薫子の頬に指先が触れた時、彼女が目を開けて俺の手を取り、自ら顔を寄せてくれた。