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結婚記念日
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ひとり-1

最後の朝、いつもはオレより早く仕事に出かける妻が見送ってくれた。
ようやく辞表が受理されて、あとはたまりにたまった有休を消費する、と笑いながら。

仕事から帰ると、妻の姿はなかった。
ダイニングテーブルにはオレの分の食事が用意されていて、1冊のファイルと封筒が置かれていた。

『見送られたりすると決心が揺らいでしまいそうなので、このまま実家に帰ります。離婚届は記入が終わったらファイルに挟んだ封筒で郵送してください。日々の生活であなたとラブが困らぬよう、ある程度のことはノートに書き込んだつもりです。9年と少し、本当にありがとうございました。どうか身体だけはご自愛ください』

封筒の中には几帳面な字で書かれた手紙が入っていた。
ファイルには、引継ぎ資料ですか、とツッコミをいれたくなるくらい丁寧な、仕事熱心な彼女らしい情報が事細かに記載されていた。
見出しシールも貼られていて、困ったときに検索しやすいようにしてくれてあった。
ラブのこと、近所づきあいのこと、保険のこと、各種引き落としのこと、ゴミの分別、クリーニング屋の特売日、オレの好物のレシピ。いろんな家電の取説の在り処。
たぶん家事をしていて濡れた手で触っても差し障りのないように、という配慮なのだろう。
クリアファイルに入れられていて、元データが入ってるというSDカードまで添付されていた。
この辺りの店のポイントカードもファイルの後ろのほうにつけられた名刺入れにきれいに並べられ、各カードの横には有効期限やらいくらで何ポイントたまるだとか、何曜日は何倍だとか丁寧に書き込まれていた。
どのくらい前からコレを用意してくれていたのだろう。
一緒にいたはずなのに、全く気づかなかった自分。
そんな自分に、妻はとうとう愛想をつかしてしまったのかもしれない。
妻が作ってくれた最後の食事を食べ、ビールを飲んだら少しだけ泣けた。

結婚前は長く一人暮らししていたし、結婚中も家事は進んでやっていたのでひとりになってもさほど困ることはなかった。
離婚届はすぐに記入すべきところは記入して返送した。
いつまでも手元に置いていたら、決心が鈍ってしまいそうで。
こういうところは似たもの夫婦なのだろう。
まぁ、似たもの元夫婦、か。
年内は何度か電話でも話したし、メールのやりとりもした。
妻は毎回オレの身体とラブのことを心配していた。
ラブの写メを欲しがるので、何度か送った。
でも年が明けたら連絡は途絶えた。
『全てをリセットしたい』
と言っていた妻の意思を尊重し、自分から連絡することを控え、一緒に迎えることが出来なかった10回目の結婚記念日を迎えたのだ。


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