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ROB
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ROB-11

 俺はじっと彼を見据えた。
 まじまじと。
 表情を作りたかった。
 つらいということを,何かしらで示したかった。
 だが,出来なかった。
 顔はいつものようにがちがちに凍り付き,言葉は喉に詰まって出てこない。
「……よし送信,と。お疲れ様。ヤマダ君はもう帰っていいわよ。」
 瀬谷はそう言ったあと,俺を見て,君はちょっと待ちなさい,と言った。
「長い間,お世話になりました。」
 ヤマダは,瀬谷に深々と頭を下げた。彼にあるまじき行為。
 俺には一瞥もくれない。
 どうしてだろう,判らない。
 結局,その程度ってことなのだろうか。パートナー以外の何者でもない,と。
 瞼が熱くなった。
 頭の奥が痛い。
 ヤマダの後ろ姿を見据えながら思う。
 俺は,何をすればいいのか。
 どうすればいいのだろうか。
「待て,」
 ほぼ反射的に俺は椅子から立ち上がっていた。
 さほど長くもない廊下を走り,間一髪,玄関のドアを閉めようとする彼の腕を,つかむ。
「何で? 何で辞めるんだよ,」
 こちらを振り向く,複雑な顔のヤマダ。
「せめてさ,理由を教えろよ。全然,納得できないんだけど,」
 俺は責め寄る。
 焦っていた。このままこの手を離したくはない。怖かった。
 また一人取り残されるのが,怖かった。
 いつもいつも俺から離れていくのは,俺にとって当たり前で,必要不可欠な存在。
「なあヤマダ……,」
「人を殺すことに嫌気がさしたんだよ。」
 俺の言葉を遮って,やっと彼の口から出てきた言葉。俺にとって最も痛い言葉を,ヤマダに言われるとは。
 自嘲している余裕もない。顔が,相変わらず固まっている。
 その堅い頬に,何かが滑っていった。
 涙だ。久しぶりの,涙だ。何年ぶりだろう。最後に泣いたのは確か,今日みたいに当たり前のものをなくした日。
 ヤマダは目を大きく見開いた。
 俺の涙を見るのは,彼も初めての筈。
「何,泣いてンの,」
「何って,今らさそんな理由で辞めるなんて……」俺は涙を流しながら言う。
 だって今まで散々殺してきたのに,嫌気がさしたのひとことで片づけるなんて。納得いくわけがないじゃないか。
 今になって,善に目覚めたとか?
 殺した奴らに,罪悪感を感じてしまうだとか?
 そんなことで,許されると思ってるのかこいつ。
 絶対に許されない。
 許されたいなんて,思うのか間違っている。
「そんな,簡単に片づくものじゃないんだぞ。」俺は低く,しっかりした声で,ヤマダに言う。
彼は頷いた。一瞬,勝ったと思った。これで,こいつはここに残るかもしれない。そう思った。
 だが,ヤマダは直ぐに顔をあげた。俺を,睨みつける。
「当たり前じゃん。分かってるよ。けど,ならおまえはずっとこのまま殺し続けるのかよ。」
「え,」
「おまえはこれからどうするんだよ。ボスにでもなりあがるつもりか,」
 今度は俺が黙り込む。そんな俺に構わず,ヤマダはなおも言い続けた。
「確かに,今まで俺がやってきたことは許されるものじゃない。でも,これから殺し続けていたって同じじゃないか。だったら,俺のために果たしたいこと果たそうって,そう思う。今は,」
「そんなの身勝手じゃないか,」俺の口の中には,塩っぽい味が広がっている。涙が口に入ったんだろう。目の前はぐらぐらするし,方も震えている。必死に嗚咽を堪えるのは,きっと,ヤマダに構って欲しいという,最大限の意思表示。
 ふと,ヤマダがズボンのベルトから何か抜き取り,俺に差し出してきた。
 一瞬,血の気が引いた。体中の力が抜けたと思ったら,地面に腰を打ちつけていた。
 ヤマダが差し出したもの,それは,蝶の飾りがついたナイフ。
「何で……おまえ……が,」
 蘇る。
 炎と,叫び声と,何かが焦げる臭い。
 全てが父と母を繋ぐ。
 俺がずっと探していたもの。
 これがあの,蝶のナイフ。
「……なあ,」
 ヤマダは言いながら,崩れ落ちた俺にゆっくり歩み寄る。そして耳元で,こう囁いた。
「お前の親を殺したのは,俺なんだよ。」
 嘘,だろう?
 信じられるわけがない。
 これもいつもの軽口だろう。
 なあヤマダ,そうだろう。
 だから早く,笑ってくれよ。
 ヤマダの顔が真正面に来る。


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