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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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昇格試験の結果-1

 今日は花吹雪の様な雪が降っている。このままいくと結構積もるんじゃないか。窓の外を見ると、土間川沿いの桜の木には、小枝に雪が寄り添うように、降り積もっている。道路脇にある常緑樹の葉にも薄っすら雪が積もり、少しの重みで葉がお辞儀をしているようだ。
 二月に入った。昇格資格者は一月から昇格試験対策の勉強をし、二月の昇格試験を受けた。
 課長の後任とされる山本さんは、正直な所、あまり仕事が出来る人ではない。それでも昇格試験を受ける資格が与えられたので、それなりの評価が下ったという事だろう。
 山本さんには悪いが、できればこの試験、不合格であって欲しいかった。
 そりゃそうだ、彼が昇格すれば、課長が東北支社に戻る確率が格段にアップするのだから。

 居室で各々がカタカタとキーボードを叩き、PCに目を凝らしていた。
 社内便を届ける総務の人がドアを開けたので、率先して私が受け取りに行った。
 課長宛ての物が数件と、山本さん宛ての「親展」封書が人事部から届いていた。
 課長は会議で不在だったので、封筒の束をデスクに置き、山本さん宛ての封書は直接「届いてましたよ」と山本さんに渡した。
「あぁ、わざわざすみません」
 封書に目を落とした山本さんは明らかに動揺していた。気付いたのだろう。それが昇格試験の合否通知である事を。
 私は素知らぬ顔で席に戻ったが、視界の隅に入る山本さんの動きを見ていた。
 封筒をトントンと机に叩きつけて封筒の中身を下に寄せ、上側に鋏を入れている。ショキ、ショキと音がする。中から一枚の紙を取り出した。その手は小刻みに震えている。
 次の瞬間、彼はがくりと肩を落とし、頭を抱えた。顔を上げてもう一度その紙に目を通し、そしてまた頭を抱えた。現実を受け入れがたかったのだろう。
 後から噂で流れ着いた。「山本さん、落ちたみたい」と。
 こういう噂は誰が発信元で、どういう風に仕入れてくるんだろうと不思議に思う。

 私は心の中でガッツポーズをした。
 これで課長は来年も、神奈川支社の経理課課長として業務を執り行うだろう。
 帰り道はマシュマロの様な雪が降っていたが、まだ積もっていなかった。傘もささずに跳ねる様に歩いて帰った。雪にはしゃぐ幼稚園児の様に。
 家に帰ってからは「よっしゃー!」と声を出した。山本さん、ごめんなさい。


 その喜びは束の間の物であったことを知らされたのは、それから一週間が経った、凍てつくような寒さの日だった。
「みどり、大変」
 昼休みが終わり、業務開始五分前のチャイムが鳴ったので、私たちは居室へ戻ったが、途中で涼子はお手洗いに向かった。
「トイレで人事の向井さんに会ったんだけど、課長、東北に戻るらしいよ」

 目の前の視界が急激にしぼみ、真っ暗になった。何も言えなくなった。
 再び視力を取り戻した目で、どこを見たらいいのか分からなかった。
 何で、だって山本さんが昇格できないんだから、人手不足は解消されてないのに――。
「そう、なの」
 口をついて出てきたのはその言葉だけだった。
 くるりと椅子を戻してPCに向かった。目は開いているのに、何の情報も入ってこない。仕事が手につかない。
 神谷君も知っているのだろう、私の後ろを通った彼が「大丈夫か?」と耳元で訊いたけれど、蚊の鳴くような声で「だめ」としか言えなかった。

 課長がお昼から戻ってきて、私の後ろの席についた。
 グレア液晶に反射する、彼の後姿。家族写真。
 彼は、課長は、岩手に、愛する家族の元へ帰っていく。
 私が課長の恋人でいられる期間はあと一か月と少し。
 後ろを向いている課長が今どんな心境なのか、私には分からなかった。




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