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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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ピッチャー、課長-2

 食事を済ませると、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。もう一本はカクテル飲料だった。
「こういうのなら、沢城さんでの呑めるかなと思って」
「あぁ、ありがとうございます」
 課長からカシスオレンジを受け取る瞬間に見た課長の指は、白くて長く、細いと思った。節くれだっている以外は、女性の手の様に綺麗だった。そう言えば、課長の肌はとても色が白い。だからこそ唇の真紅が引き立ち、それをセクシーだと思ったのだ。あの唇を早く自分の物にしたい、そう感じた。

 プルタブを引くと、真空が破られるような音がする。「乾杯」と缶を合わせた。
「沢城さんは、本当に不思議な人だな、一緒にいると安らげる」
 ビールを片手に長い脚を組み、そんな事を言う彼の横顔を見ていた。繊細な鼻梁を見つめる。
「奥様は、どんな雰囲気の方なんですか?」
 課長は少し眉根を寄せ、「嫁かぁ」と呟いた。少し俯いて、そして顔を上げた。
「沢城さんとは真逆だね。彼女を見ていて安らげるという事はない。雰囲気が、強いんだ」
 雰囲気が強い、というあまり耳にしない言葉に、想像するのが難しかった。百聞は一見にしかず、なのかもしれない。イマジネーションだけを膨らませるのはやめた方が良い。
「こちらへはいらっしゃらないんですか?」
 本当はこんな話、したい訳ではない。でも心のどこかで、知りたい自分がいる。
「お盆に一度遊びに来るとは言っていたし、僕は正月に一度帰る事になりそうだよ」
「そうなんですか」ぼそっと言い、カシスオレンジを一口呑んだ。
 こういう話をしてしまうと「不倫をしている」という実感が酷く増す。どうしても奥さんの影がちらつく。奥さんだけではない。子供だっているんだ。そんな男性と――。
「休みの日は沢城さん、何をしてるの?」
「私は――本を読んだりしてます。あと、音楽を聴いたり」
 ギターをいじっているとは言わないでおいた。イメージは大切。
「課長は何をなさってるんですか?」
 会話と会話との間に、冷蔵庫のジーという低音が聞こえてくる。穏やかな、会話。
「僕も本を読んだりしてるかな。向こうにいた時は野球をやってたね」
「野球ですか?ポジションは?」
「ピッチャーだよ、意外かい?」
 言われてみれば、痩せてはいるけれど袖をまくった腕にはしなやかな筋肉がついていて、体躯だって(まだ見てないけれど)たるんでいる様子はない。それでも控えめなイメージの課長が、一番目立つであろうマウンドのど真ん中でピッチャーをやっている姿は想像できなかった。
「意外です。素敵です。見てみたいです」
「アハハ、意外か。僕は見て欲しくないなぁ」
 私から目線を外し窓の外を見遣り、ごくりと喉を鳴らしてビールを旨そうに呑んだ。

 呑み終えた缶を水道ですすいでいると、それまで外の景色を見ていた課長が口を開いた。
「良かったら先にシャワーを浴びてきて」
「あ、あの私、髪を乾かしたりとかで時間が掛かっちゃうから、課長が先に浴びてください。汗もかいてらっしゃるみたいですし」
 そう言うと「本当に沢城さんは気遣いが出来る人だ」と言って自分の鞄から着替えを出し、浴室へ向かった。


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