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眩輝(グレア)の中の幻
【大人 恋愛小説】

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神谷君の推測-1

 朝出社して、一番にする事は、PCを立ち上げる事。
 立ち上がる間にする事は、課長の席にある、家族写真を見る事。
 毎日見ているのに、毎日何かしら気になる事が出てくるので不思議だ。
 例えば、この戸建ての周りには、殆ど家が建っていない事。
 上の子供が顔を顰めている事。
 青空が、澄み渡って雲一つない事。
 奥さんが、自信に満ち溢れた顔をしている事。
 些細な事なのだけれど、「へぇ」とか「ふーん」とか。毎日思う所がある。

「おはよ、また見てるの?」
 出勤してきた涼子に言われたので、咄嗟に目を外した。
「見飽きないねぇ。課長の事好きなの?」
「んな訳ないでしょ、妻子持ちなんだから」
 写真の中で目を細めて笑う課長を見る。この家庭の安泰さを表している様で、それこそ「お日様の様な笑顔」と言う言葉が脳裏をかすめた。
 続々と出社してくる人に気付かれないよう、自分の席に着き、仕事の準備に取り掛かった。

「おはよう」
 澄んだ初夏の空の様な声で課長が部屋に入ってきた。ちょうどあの、写真の空のようだだ。
「おはようございます」
 皆ばらばらに挨拶の声を発する。
「沢城さん?」
「はい」
 くるっと後ろを向く。スーツの上着を脱ぎながら言葉を続ける。
「この前作ってもらった資料使って昨日、本社でプレゼンしてきたよ。結果は上々。君には感謝しているよ」
ありがとう、と腰から折れる綺麗なお辞儀をされたので戸惑った。
「いや、あの、ホチキス留めしただけですからそんな――」
「うん、でも貴重なアフターファイブを無駄にしてしまったからね」
 脱いだジャケットをハンガーに掛け、クロークスペースに向かった背中を目で追った。
 白いシャツは綺麗にアイロン掛けされていて、気の強そうな奥さんの顔が一瞬目に浮かんだ。
「あ、そうそう、タオル」
 課長がこちらへ戻って来ると鞄から私のタオルハンカチを取り出した。
「僕が洗ったから、上手く洗えてるか分からないけど。ありがとう」
「わざわざ洗っていただいて、すみませんでした」
 そんなやり取りをした。
 視界に入った神谷君が、何故か私を見てニンマリとほくそ笑んでいたので、誰にも気づかれないよう一瞬、舌をベーッと出してやった。

 昼食を終え、いつも通り涼子と二人、中庭のベンチに腰掛け五月の青空を見ながら取り留めもない話をしていた。
 話の途中で涼子の携帯が鳴った。
「ヒモからだ」
 そう言って彼女はベンチから立ち上がり、中庭の隅に走って行った。
 次の瞬間、隣には神谷君が座っていて驚いた。顔を見ると午前中と同じくほくそ笑んでいるのだった。
「何?」
「課長って、いいよな」
「神谷君、ホモ?」
「ちがーう」
 訳が分からなかった。「何なの?」ともう一度訊ねた。
「沢城さんって、鈍感なのか?課長、沢城さんの事かなり気に入ってると思うよ、神谷君はそう思う」
 自分の事を「神谷君」呼ばわりするこの癖は、何なんだろう。子供返りか?
「何を根拠に?」
 課長が自分を気に入っているなんて、どう考えるとそういう結論に至るんだろう。
「分かるんだよ、男だから。話し方、接し方、目線。俺結構モテるからね、そういうの鋭いの」
 サラッと自分の自慢を織り交ぜながら独自の論を展開した。
 確かに神谷君はモテる。モテるのに過去に女性と付き合っていると聞いた事はない。そんな訳のわからない奴の持論を信じる程、私は馬鹿ではない。
「あぁそう。課長が私を気に入ってるから何?課長は妻子持ちだからね」
「何も無いといいな」
 はぁ?!と少し顔に怒りの色を込めて睨みつけると、向こうから涼子が走って戻ってきた。
「そこ私の席だよ、どきな」
 涼子の一声に神谷君は「おー女は怖い怖い」と言いながら退散していった。
「ヒモ君何だって?」
「うん、急遽ヘルプで今日のライブに出る事になったから、遅くなるって。そんだけ。メールでいいよって感じ」
 吐き捨てる様に涼子は言った。
「涼子の声、聞きたかったんじゃない?」
 彼女の顔を覗き込むと、涼子は照れるでもなく、真顔でこう言ってのけた。
「気持ち悪っ」



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