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永久の香
【大人 恋愛小説】

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彼女の匂い-1

 何だかんだ話をしながらお酒を呑んでいると、遠くから地面を振るわせるような音が響いてきた。
「始まりましたな」
「そうみてぇだな」
 ベランダに出て、青い椅子を勧める。私は赤い椅子に座った。
 真正面に、大きな丸い花火が次々にあがる。
 川辺には人が集まっていて、天に広がる円形を見て「ワァ」と歓声が沸き上がる。
「ここ、特等席だな」
「でしょ、去年も1人でここから観てたんだ」
「俺、ここに引っ越してこようかな」
「冗談を」
 2人、顔を見合わせて笑うと、一際大きな花火が上がった。お腹に響く音がする。
 火薬の匂いに何か懐かしさを感じつつ、ビールを飲んだ。
 花火が上がり始めた頃はまだ、薄暗かった空が、今は星が瞬いている。
 そんな星達も、大輪の花の前には非力で、夏の夜空の主役は、完全に花火に奪われている。

 2人を隔てていた、テーブル代わりの小さな箱を追いやり、高橋君は私の隣に座った。
 そしてその大きな掌で、私の頭を撫で、肩を抱いた。
「プライベートでは、下の名前で呼んでいいか?」
「うん、どうぞ」
 私は彼の肩に寄り掛かった。花火がすぐそこまで降ってきそうに見える。こうして肩に寄り掛かっても、丸い花火は丸いまま見えるんだ。
「美奈、好きだ」
 赤い花火に反射して、今の私の顔色は悟られないだろう。そう思った。
「私も高橋君が好きだよ」
「何でお前だけ苗字なんだよ」
 彼が笑うと身体が揺れ、その揺れが私も伝わり、私も笑った。
「学生の時のあだ名は、何?」
「リン、だった。のぞむ、の別読みで」
 可愛い名前じゃないか、と突っ込むと、肩に乗せた頭に、頭が降って来た。痛い。
「リンの事、好きだよ、でいい?」
「お前、仕事は出来んのに、こういう時に空気読めねぇのな」
 ヘヘッと笑った。
 空気を読めないんじゃない、あえて読まないんだ。甘い雰囲気は面倒臭いから。
「お前、香水付けてる?」
 私の首の辺りに彼の顔が近づいて、胸の高鳴りを感じた。
「そ、そういう洒落た事はしてないよ」
 ふーん、と低い声で言った。
「じゃぁそれはお前の匂いだな。いい匂いだな」

 大きな花火が連続して上がった。太鼓を叩く様な音が立て続けにお腹に響く。
「これにて終了、かな」
 身体を預けていた彼の肩から頭を離し、立ち上がろうとした途端、手を引かれ、キスをされた。
 今までにない、長い、長いキスだった。お互いを貪った。
 最後の赤い大輪がひとつ、咲いた瞬間だった。


 部屋に戻り、ローソファに並んで腰掛け、リンが買ってきたつまみ兼夕飯を食べながら、彼女の事を訊ねた。
「この前彼女と会った時の進捗は?」
 彼は苦々しい顔をして眉間に皺を寄せた。
「芳しくないねぇな。好きな人がいるからって言っても全然効かねぇからな」
「今日の花火は?一緒に行こうとか言われなかったの?」
 私は人ごみが嫌いだから、誘われない限り花火大会なんて御免被るが、一般的なカップルは、花火大会に行くのだろう。
「好きな人と一緒に行くからってはっきり言った」
 私はフォークでから揚げを刺し、口に運んだ。冷めてしまってちょっと油っこい。
「もう会わないから、って言って放置すればいいんじゃないの?」
 ビールでその油を流し込む。トースターでちょっと温めてこようか。
「彼女な、両親がいねぇんだ」
「へ?」
「大学の時っつったかな、事故で両親を亡くしてんだ。だから、独りになりたくないねぇんだろうな。結婚も急いでるみてぇだし。だからこそ邪険にできねぇっつーか――きちんとけじめを付けてから別れてやりてぇんだ」
 リンは項垂れたまま、ビールの缶を見つめている。
「君は優しいと言うか不器用と言うか――大変だね」
 よいしょ、と言って立ち上がり、から揚げが入ったトレーを持ってキッチンへ行った。トースターの網にから揚げを乗せて、摘みをひねる。古い蛍光灯みたいな音でタイマーが回る。
 キッチンから彼の顔は窺えない。
「私は、ちゃんと待ってるから。ちゃんとけじめがつくまで、待ってるから」
 少し声を張って、そう言った。
「俺の身体は待てそうもないけどな」
 リンも声を張ってそう言ったので「変態、暫く触らないで」と吠えてやった。

 私に出来る事は何もない。
 ただ、彼らが正式に、別れるのを待つだけだ。
 自分の幸せの為に、人の別れを待たなければいけないというのは複雑な心境だ。
 それでも私は、出来た人間ではないから、彼らが別れた暁には、両腕上げて喜んで、リンの胸に飛び込んで行くんだろう。

 あぁ、恋愛ってつくづく、面倒臭い。
 トースターの「チン」という小気味良い音が部屋に響いた。
「ちょっと煙草」
 携帯灰皿を手に、彼はベランダへと出て行った。


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