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永久の香
【大人 恋愛小説】

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朝ご飯のニコチン-1

「高橋君って、朝ご飯は何食べるの?」
 社用車を運転する彼の横顔をちらりと見て、訊いた。
「煙草とコーヒー」
「何を『食べるの』って訊いてるんですけど」
「煙草とコーヒー」
 ニコチンとカフェインか。不健康要素の強力タッグだな。
「彼女の、あ、彼女じゃねぇか、なんつーか――」
「彼女でいいじゃん」
 彼の横顔が、少し赤みを差したように見えた。
「彼女の家ではパンを食べた。パン教室に通ってるとかで」
 あぁ、中田さんと同じだ。パン教室。
「それ、世の中的に流行ってるの?パン教室って奴」
 昨日友達も言ってた、と付け加えた。
「彼女ん家の周りだけでも3件あるとかって言ってたな。ほら、女ってカルチャースクールとか?好きだろ。沢田は趣味は?音楽以外に」
「読書」
「ベタだな」
「ベタで悪いな」

 営業先の大学に着いた。
「この前渡したパンフレット、10部はあるよな?」
「1、2、3――うん、15はありそうかな」
 8月に新しくバージョンアップする、研究用ソフトウエアのパンフレットだった。
 ソフトを使っている全ての営業先を回り、新機能を紹介し、上位バージョンのソフトを買わせるのが狙いだ。
 大学の校舎内はまったく空調が効いておらず、早々とスーツの上着を手に持った。暑い。
 目的の研究室はさすがにエアコンが稼働していたので助かった。
 研究員の1人にパンフレットを手渡し、私が説明をした。
 相手は拳を顎の下に置いて、はい、はいと頷きながら話を聞いていた。
 その間高橋君は、顔見知りの研究員と雑談をしていた。
 高橋君の営業スマイルはなかなか素敵だな、と思った。でもやっぱり、心から笑った時の、あの少し幼いような笑顔が、1番好きだ。
「うーん、予算が取れるかなぁ。できればバージョンアップしたいんだけどね。予算が取れるようならハイテクさんに連絡入れますよ」
 なかなかの好感触。私は自分の名刺を渡して高橋君の所へ行き、終わった旨を告げた。
 社用車に戻ると、車の中は蒸し風呂状態。暫くドアを開けて中を換気した。

「土間川の花火大会、行った事あるか?」
 帰りの車で眩しそうな眼をしながら高橋君が言った。
「行った事はないけど、うちのベランダから見えるんだ。だからベランダで椅子に座って見てる」
 へぇ、いいなぁとひと言投げて続けた。
「浴衣着て見に行ったりはしねぇのか?」
「しないよ、面倒臭い、1人だしぃ」
 口を尖らせてそう答えた。高橋君は、ポツリと言った。
「一緒に行こう」
「やだ、面倒臭い」
「何でそーいう事言うんだよぉ、俺立場ねぇじゃねぇか」
 少し声を荒らげているのが滑稽で、可愛らしい。仕方がない、譲歩案を出すか。
「ねぇ、うちで観ようよ。私は浴衣で。高橋君はその代り甚平ね」
「俺甚平なんて持ってねぇよ」
 ちょっと掠れた声で、拗ねる様に言ったので「買って来い」と言ってやった。

 報告書だ何だで残業をして帰り、お弁当屋さんで生姜焼き弁当を買って家に帰った。
 リビングのローソファーに座ってビールを飲みながらPCを立ち上げ、通販サイトで私が持っているアウトドアチェアの色違いをひとつ、注文した。


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