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永久の香
【大人 恋愛小説】

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梅雨の蝸牛-2

 高橋君とタメ口で話せるようになった事で、仕事がスムーズになった。
 先月売り込みに行った機材の導入が決まり、メーカーとの連携で俄かに忙しくなった。
「今週、来週は呑みに行けそうもないな」
 高橋君はそんな事を言っていた。確かに、この忙しさでは無理だ。
「忙しいけど、お前と組んでから仕事がやりやすくなったのは確かだな」
 そんな事を言われたので、少し面倒臭いと思いつつ「営業冥利に尽きます」と真面目くさった言い方で返しておいた。


 空梅雨に油断をしていたら、今日は雨だ。
 傘をさして、いつものスーパーに行った。
 あのアジサイに、今日はカタツムリはいなかった。面倒でも餌場を求めて移動しているんだろう。
 畳んだ傘を持ちながらの買い物はとても面倒臭い。傘が邪魔臭い。
 だから私は折り畳み傘をさして行き、お店では畳んで鞄にしまう事にしている。
 面倒臭さ故だ。

 いつも社用車でミントガムを貰っているお礼に、ガムでも買うか、とお菓子売り場に寄った。
 そう言えば、前に「藤の木」に呑みに行った時、高橋君は煙草を吸って無かったな。
 煙草を吸わない私に気を遣っていたんだろうか。今度呑みに行く時は「どうぞ」って言おう。
 そんな事を思いながらレジに並んだ。

 あ、この前の人だ――。
 今日も栗色の髪をふんわり巻いている。ピアスは薄いピンクのドロップ型をしている。
 何をしても似合うんだなぁ。綺麗だなぁ。

 会計を終え、商品をエコバッグに入れる作業をしていると、隣から「あの」と声を掛けられた。
 声の主は、あの綺麗な人だった。私の顔を覗き込むようにして言った。
「あの、人違いだったらすみません。落合さんじゃないですか?」
 落合は私の旧姓だ。何故知ってるんだろう。彼女のピアスが前後に揺れている。
「はい、そうですけど、どこかで――」
 記憶を手繰ったが、思い出せない。こんな綺麗な知り合いがいたら、すぐに思い出せる筈なのに。
「高校のバレー部にいた歩ちゃんのクラスメイトの、中田です」
 頭の中で何かが繋がるガシャンという音がした。
「あぁ、中田理沙さん?!」
 返事の代わりに中田さんはにっこりと笑ってみせた。

 あぁ、そう言われれば面影がある。へぇ、あの中田さんが、こんな風に、へぇ。女って化けるもんだ(失礼)。
 中田さんは私が所属していたバレーボール部の仲間「歩(あゆみ)」と、クラスで仲が良かったお友達という訳だ。
 直接話した事はなかったが、歩が時々「理沙がー」と話していたのを思い出す。
 少し地味な印象だったが、こんなに綺麗になっているとは。
「落合さん、この辺りに住んでるの?」
「うん、ここから5分ぐらいかな。中田さんは?」
「車で10分ってとこかな。こんな所で見知った顔に出会えるとは思わなかったから、何か嬉しいな」
 緩く巻いた髪を弾ませて、キラースマイルを放った。うぉ、眩しい。
 私の実家は地方にある。地元の高校で一緒に学んだ2人が、このコンクリートジャングル横浜でばったり出会うなんて、思ってもみなかった。

「あの、私ね、会社以外で友達がいないの。良かったら、アドレス交換しない?」
 いつもなら「うわ、面倒臭い」って思う所だけれど、私も、ちょっとした奇跡的出会いに心動かされている部分があって「あぁ、うん」と言って携帯を取り出した。
 取り出した携帯のストラップに折り畳み傘が引っ掛かって、床に落ちた。
 すぐに拾ってくれた中田さんの身体から、ふんわりと薔薇の香水が香った。

「あ、良かったら車、乗っていかない?」
「え、いいの?」
 奇跡的出会い(しつこい)がよっぽど嬉しいのか、私は浮き足立って、車で送って貰う事になった。
 中田さんの車は赤い軽自動車だった。社内は中田さんの香水の匂いがして、ドアポケットにクールミントガムが入っていた。
 運転者の眠気防止にはやっぱり、クールミントガムか。ミントならなんでもいいんだろう。この前のブラックミントはキツかったなぁ。
 マンションの真ん前まで車をつけてくれた。
「じゃぁまた。メールするね」
「うん、どうもありがとう」
 赤い車が見えなくなるまで見送って、部屋へ帰った。
 部屋に戻ると折り畳み傘を玄関に広げておき「そのうち乾く」と呪詛のように呟いた。
 窓から外を見ると、しとしとと降り続く雨の向こうに、土間川という大きな川が見える。
「おぉ、増水」一見して分かるぐらいに水かさが増していた。
 顔のすぐ横にある洗濯物から、生乾きの匂いがしないかどうか確認した。
 生乾きの匂いが1度つくと、なかなか取れない、それを取るのは面倒くさい、と学習したので、部屋干し用の洗剤を使っている。
 生乾きの匂いはしなかった。代わりに柔軟剤の心地よい香りが香った。


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