投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

再生の時
【その他 その他小説】

再生の時の最初へ 再生の時 1 再生の時 3 再生の時の最後へ

再生の時-2

――― やめろ
吐き気がした。
――― そんな目で俺を見るな
かつて俺が恐れた眼光が、そこには無い。
――― どうしてそんな
かつて俺が精一杯、反抗した威厳が、ソレには無い。
――― どうしてそんな、他人を見るような目で
俺が悪いのか。平気で親を殴る俺が。
違う。違う、違う違うちがうちがう!!
ガタ
俺は襖を開け、親父に突っかかった。力ずくで胸ぐらを掴む。
「お前が悪いんだろう!お前の一方的な教育が、俺をこんな風にしたんだ!」
親父を突き飛ばす。将棋盤はひっくり返り、駒はバラバラに散らばる。親父の視線は、駒を追った。もう全てが許せなくなっていた。親父の挙動全てが。
「こっちを見ろよ。俺が話してんだろう!」
言われて奴の視線が、俺の方を向いた。けれど俺を見ていない。俺の顔に焦点が合っているのに、俺の気持ちを見ていない。
それで気付いた。
あぁ、もう終わっていたんだ。
俺たちの間に繋がりは無くなっていたんだ、と。
数ヶ月ぶりの対面は、俺の一方的な怒りで閉じた。
得られたものは、絆の消失という理解。
言葉も無く、俺は居間を後にする。
「おい」
後ろから、静かに掛けられる言葉。
「お前は、雅文か?」
―― 狂っているのは誰だ?
親父の顔を見るだけで、頭に血がのぼる俺か?
殴られて、やっと息子の顔を思い出す親父か?
おそらく両方なのだろう。
男二人の家庭で、考え方の相違を持ったまま生活し続けてきた末に。
俺たちは壊れてしまったのだろう。
俺は襖を静かに閉じた。堅く、堅く閉じた。


「三年一組、坂本君。指導室まで来るように」
日課のように、放送委員の誰かが俺の名を呼ぶ。それで俺は目を覚ました。時計に目をやる。二時間ほど屋上で熟睡してしまったようだ。
「うーーん」
立ち上がり、背を伸ばす。ふ、と空を見上げるとオレンジの世界。夕暮れだ。誰かに呼ばれた気がして、オレンジの淵、世界の果てを見遣る。頬をひとつ、懐かしい風が凪いだ。何か、ずっと昔に吹いた風に、いま包まれているように。
此処ではない何処かが俺を呼んだ。
吸い寄せられるようにドアノブを掴む。
そしてまわす。
――― いらっしゃい
柔らかい声が聞こえた。胸の内から、世界の外から。
誘われた何処かに、俺は降り立った。
「あの、部外者は校内立ち入り禁止ですよ」
「えっ?」
急に掛けられた声に俺は戸惑った。正面には見たことも無い制服を着た男性が立っていた。
「どこの生徒さんですか?」
彼が言った。
「いや、ここですけど」
そう言うと彼は、顔をしかめた。
「いや、そんな制服見たことないし。出て行って下さい。屋上は立ち入り禁止ですよ」
「えっ、いつから?」
「最初からです」
そんなはずは無かった。一昨年から屋上は一般生徒に開放され、今はそこらにベンチが・・・。
そう思って辺りを見まわすが、ベンチが見当たらなかった。ベンチだけではなく、創立50周年記念として屋上に植えられた大きな木さえも、その姿を消していた。
「あれ・・・。創立50周年の木は?」
「はぁ?」
呆れた顔を隠さずに彼は言う。
「この学校は先日、創立40周年を迎えたばかりです」
頭の奥に衝撃が走った。重い鈍器で殴られたように響く。オレンジ色の空は何処にも無い。
頭上は、どんよりとした雲に覆われていた。


再生の時の最初へ 再生の時 1 再生の時 3 再生の時の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前