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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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断崖の旅人たち-3

「イスパニラ王。貴殿は国王として有能であり、武人として勇猛果敢であります。だが、一人の父親としてはいかがか?確かに、貴殿は我らを己の臓腑として扱われました。手足のごとく使い、繰り返し忠誠心を試し続け、我らにも個人としての感情がある事など、考えもいたさなかった」
「う……」
「貴殿は恐ろしかったのでしょう?我らに優秀である事を求めながら、ご自分が兄から王位を奪ったように、子ども等にご自分の王位を奪われる事を恐れ続けていた。であればこそ、無能と罵る弟にだけは気を許せていたのだ」 

 額に無数の汗粒を浮かべ、王は娘を睨みつけた。屈辱に声すら出ない。
 自身にさえも認める事を許さなかった胸中の、一番もろく痛い部分を的確に貫かれたのだ。

 リカルドには常に最前線で危険な役回りをさせ、他の三人にも、何度と無く陰湿な試練を与え続けた。
 ソフィアを単身でシシリーナ国へ嫁がせ、国を乗っ取って来いなどと命じたのも、その最たるものだ。

 彼らが死に物狂いで試練をやりとげ、王に頭を下げて忠誠を改めて誓うと、一時は心が休まるが、またすぐ不安が鎌首をもたげる。
 それはもはや、王自身にすら止められない、狂気の歯車だった。

「先ほど、貴方は『四人の子』とおっしゃいました。しかし、お忘れですか?我らが五人兄弟であった事を。貴方に使い捨てられ、殺されたエルシリア姉さまの事を!」
「……エルシリアの死が、世の責任だと?」

 数年前、嫁ぎ先の王宮で投身自殺を図った長女の名を、王は引きつった声でようやく口にした。

「エルシリア姉さまは、私同様に貴方の命で他国に嫁がされ、何度も侵略の口実に使い続けられ、心を病んでしまわれた」

 ソフィアの漆黒の瞳は、容赦の無い黒金の剣呑さをたたえている。
 灼熱の怒りを込めた言葉の鉄槌が振り下ろされた。

「貴方の支配から自由になるには死しかないと、私たちに手紙で訴えられたのだ!」
「きさまら……貴様ら……!」

 うわ言のように呻いていた王は、ふとリカルドに視点を定めた。突破口を見つけたというように、口元をゆがめる。

「リカルド。今すぐに悔い改めるというなら、そなただけは許そう。時期王の座と一番将軍の栄誉を失いたくないのなら、愚かな弟妹を、この場で斬首するがいい」
「……陛下」

 リカルドが一歩進み出た。

「我らは母も違い、幼き頃は貴方に愛されようと功を競い合っておりました。しかし、エルシリア姉上の訃報が届いた日、我らは誓い合ったのです。『貴方と同じ道だけは進まない』と」

 リカルドの脇に抱えられていた冑が、重い音を立てて玉座の足元へ転がる。黒い房飾りのついた深紅のそれは、騎士として誇りであり、彼の命そのものでもあったはずだった。

「奴隷の兄弟でさえ、互いを励まし庇いあう。我らにそれが出来ぬとあらば、王冠は奴隷の枷より忌まわしき物でしょう」
「!!!」
「冑をお返しいたします。陛下」

 最後の綱も断ち切られた王に、ソフィアが……シシリーナの女王がきぜんと言い放った。

「いま一度申し上げます。イスパニラ王殿。我がシシリーナ国は、同盟国フロッケンベルクの討伐には、一兵たりともお貸しする事はできませぬ」

 八つの非情な眼差しが、王を射抜いている。

「…………!」

 言葉を失った王の前で、シシリーナ女王は一変し艶やかに微笑んだ。

「では、失礼いたします。のちほど晩餐会でお目にかかりましょう」

 そして豪華なドレスの裾を翻して謁見の間を出て行った。他の三人も後につづく。
 だだっ広い部屋に、父だけが一人取り残された。

「う……うぐぅ……」

 四人を処刑するよう将軍達に命じても、おそらく無駄だろう。
 フロッケンベルクと手を組んでいるとあらば、対策をこうじていないはずはない。
 皮肉にも、無能と嘲っていた弟が正しかったわけだ。
 一滴の血も流すことなく、結束という形で父王をねじ伏せた手段から、子ども達は言葉にせずに語っている。

『お前が生きていようと、もう恐れない』

 もし子供達が武力をもって歯向かってきたのであれば、自らの剣でためらいなく切り捨てただろうに……体中から気力が萎え、気概がそぎ落とされていく。
 もはや再び剣を握る事さえできそうになかった。

「エルシリアか……どのような娘だったかな……」

 乾いた唇からポツリと零れた呟きが、静かな広い部屋に反響した。
 思い出せない。
 どの国の王に嫁がせ、その国をどうやって侵略したかは事細かに憶えているのに、自分の娘については、何一つ思い出せないのだ。

 不敗を誇った勇猛な王は、この時どっと老け込んでしまったかのように見えた……。



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