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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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庭の獣-1

  朝日と小鳥の鳴き声に目を覚ますと、ラヴィは見慣れない部屋で眠っていたのに気付いた。
 飛び起きて、古い壁紙の張られた簡素な室内を見渡す。
 懐かしい自分の部屋とも、奴隷市場の牢獄とも違う……。
 記憶を手繰り寄せ、ようやく昨夜の事を思い出した。

 どうやらルーディは、あのまま眠ってしまったラヴィの身体を綺麗に拭いて、部屋まで連れて行ってくれたらしい。

「う……わぁ……」

 一体、どんな顔をして会えば良いのか、検討もつかない。
 顔を真っ赤にして、しばらくジタバタと布団でのたうっていたが、いつまでもこうしているわけにもいかなかった。
 壁際の小さな戸棚に替えの衣類が入っていたから、着替えてそっと部屋を出る。
 踏み板のきしむ狭い階段を降りる途中、ちょうど階下の扉があき、暗灰色の頭がひょいと現れた。

「きゃぁぁ!」

 驚いた拍子に、階段を踏み外した。
 したたかに腰を打ち付けずに済んだのは、獣のような俊敏さで飛んできたルーディに支えられたからだ。

「あ、ありがとう……」
「いや。この階段、古いし滑りやすいから…………それより、本っ当―――に、ごめん!!」

 ラヴィ以上に顔を赤くして、ルーディが長身をすくめる。

「あ!誓うけど、もちろん最後まではしてない!気絶しちゃったから、不安かもしれないけど、そこは信じてくれると嬉しいな……って、そうじゃなくて!!」

 あわあわ動揺しまくっている様子から、どうやら彼の方が、もっと気まずいと思っていたようだった。

「で、でも……あれは、私が薬を割っちゃったせいで……」
「うー……でもなぁ、俺もなし崩しに手を出しちゃったみたいで気がひける……」

 結局あれは事故だったという事で、互いに落ち着いた。

「とにかくまぁ、媚薬は成功だったんだけど……ラヴィ。もし良ければ……中和剤をもう一度つくるまで、ここに居てくれるかな?」
「え?」
「もちろん、嫌なら断ってくれ。君は約束を果たしてくれたわけだし……必要なら、どこか適当な勤め先も紹介する」

 気まずそうに琥珀の目を泳がせるルーディを、ラヴィは改めて見上げた。

「本気で自由にしてくれるつもりだったの?」
「そう約束した」

 今度は、ちょっと心外だといわんばかりの口調だった。

「え、ええ。ごめんなさい……」
「君には焼印もついていないんだから、もう一般市民として生活できる。……それで、どうしたい?」
「…………えっと」

 奴隷の身分なんてまっぴらで、本当に自由にしてもらえるなら、すぐにでも出て行くつもりだった。
 さらに勤め先まで紹介してくれるのなら、ここを出ても問題はないはずだ……。
 それでも、なぜかルーディともう少し一緒にいたかった。

 だが、こんな傷痕つきの醜い娘から、そう言われてもルーディは気味悪がるだけだろう……。
 そう思い、無難な口実を作り上げる。

「中和剤が出来るまでいるわ。そのために買われたんだから、最後まで付き合うべきよ。どのくらいで出来るの?」
「えっと、二週間か……薬草の育ち具合では一ヶ月先になるかもしれない」

 良かった。と、つい思ってしまった事に気付いて、驚いた。
 明日には出来ると言われたら、さぞかし落胆していたに違いない。

「それじゃ……フロッケンベルクの焼き菓子を作る時間もあるかしら?」
「え?」
「レシピと材料を用意してくれるんでしょう?」

 一瞬、ルーディはポカンと口を開け、それからものすごく嬉しそうに笑った。
 市場で見た時よりも、さらにさらに素敵な顔で。

 ああ、変わり者には違いないけど、この笑顔を見れば誰だって彼を好きになるに違いない。
 心から、そう思った。
 それなのに、女性の知り合いはいるらしいが、恋人や世話してくれる相手もいないようなのが不思議だ。
 しかし、ラヴィはそれについて尋ねようとは思わなかった。
 どのみち自分には関係のない事だ。
 ここにいるのは、長くてあと一ヶ月なのだし、出て行ってしまえば、ルーディはすぐラヴィのことなど忘れてしまうだろう……。



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