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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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絶望の奴隷少女-3

(我慢、我慢しなさい!)自分に言い聞かせた。

 広場で検疫を受けた時にも、同じ事をやられたじゃないか。
 価値がなお下がるからと、処女を犯されこそしなかったが、あの時は丸裸にされ、もっと色々と触られた。

 青年は顔を赤くするわけでもなく、平然と膣内の処女膜を確認し、「うん。確かに処女だね」事もなげに言った。
 市場で買うリンゴに、「傷がついてないね」というのと同じような口調で。
 やっと降ろされた少女は、黙ったまま地面を向いて青年の靴と自分の裸足の足を睨む。
 裸足の足裏に、強い陽射しに焼けた石床がじりじり熱い。

 ああ、最初に見た一瞬だけ、優しそうな人だと思ったけど、コイツだってやっぱり最低な男だ。
 だいたい、奴隷市場に来るような男なんか、ロクなものじゃない。

「兄さんの予算と、値段もピッタリ一緒だ。見た目は気にしないんだよな?」

 念を押すように言って、奴隷商人は少女の黒髪を掴んで持ち上げた。

「っ!」

 乱暴に引っ張られた前髪の痛みに、顔が歪む。更にみっともない顔になっただろう。
 右頬に深く刻まれた、四本の獣の爪痕が、明るい陽射しの元に晒された。
 これが、呼び名の意味だった。

「ああ。別にかまわない」

 青年が頷く。

「それじゃ、この娘を買うよ」
「毎度あり。焼き印はどうする?」

 奴隷商人が、広場の炉へ顎をしゃくる。
 ちょうどその時、真っ赤にやけた焼きごてが、一人の奴隷女性へ押し当てられたところだった。
 絶叫が女性の喉からほとばしり、肉の焦げる嫌な匂いが風に乗って漂ってきた。青年は顔をしかめ、片手で鼻をこする。

「それとも枷を一緒に買うか?手かせなら銀貨一枚、首かせなら二枚だ」

 この国で、奴隷の逃亡を防ぐための常套手段は、焼き印を押すか枷をつけておくかのどちらかだ。
 少女は青ざめ、一歩後図去ろうとしたが、助手達の太い腕がそれを許さない。
 思ったとおり、青年の言葉は残酷だった。

「あー、手持ちはさっき渡したので全部なんだ」
「じゃ、焼印だな。おい……」

 炉の係りを呼ぼうとした商人を、青年が押し留める。

「いや、両方いらない。そう言おうとしたんだ」
「あ?んな事言ったってなぁ、逃げられたってウチは返金なんかしねーぞ」

 顔をしかめる商人の前で、青年は苦笑して頭をかいた。

「うーん、逃げられるのは困るなぁ」

 そして背の高い体を少しかがめて、少女の顔を覗き込んだ。

「だから、逃げないって約束してくれるかな?」
「…………」
「おいおい、そんな口約束で逃亡を防げるんなら、俺たちゃ苦労してねーよ」

 奴隷商人が、あきれ返ったように口を挟んだ。

「俺は彼女に聞いてるんだよ。ねぇ、君に枷も焼印も付けないけど、逃げないと約束してくれる?」

 ――こんな、真夏の太陽みたいな笑顔を見たのは、いつ以来だろう。

 もう随分と一言も喋っていなかったから、パクパクと口を開け閉めしても、なかなか声が出なかった。

「……ハ……ィ」

 ひび割れたザラザラの声が、やっと一言だけ絞り出せた。
 それでも、青年はいっそうニッコリと輝くように笑って頷く。
 彼は笑うと、発達した犬歯がちらりと口元に覗いて、余計に愛嬌が増す。

「よし、じゃぁ行こうか。枷を外してよ」
「へーへー。後で泣いてもしらんぜ」

 呆れ顔で商人が枷を外す。
 数週間ぶりに自由になった手首には、真っ赤な擦り傷がグルリと出来ていた。

「あれ?この娘の靴は?」

 少女の足元に気づいた青年がかけた声に、商人はついにこらえ切れなくなったらしい。
 助手達と共に、手を叩いて大笑いする。

「兄さん、奴隷に靴をわざわざ用意してやるバカがどこにいんだよ。欲しけりゃ自分で買ってやりな」
「手持ちはさっきので全部だってば」

 青年は少し考えてから、ひょいとしゃがんで少女に背中を向けた。

「……?」
「おぶってあげるから、掴まって」

 店中の奴隷と従業員だけでなく、近くの店の者たちまで、いまや全員がこの光景に注目していた。
 奴隷をおぶって歩くと申し出る主人など、喜劇にすら出ないだろう。
 少女がためらっていると、「ほら、早く」と、軽く促された。
 もうどうにでもなれと覚悟し、目を瞑って広い背中に飛びつく。
 擦り傷でいっぱいの手首が青年のシャツに擦れて痛かったけれど、背中から伝わる暖かい体温に、涙が零れそうになった。
 唇を噛んで我慢していると、見かねたらしい奴隷商人が、青年に囁いた。

「兄さん。忠告しとくけどな、情けなんぞかけたところで、あだにして返されるのがオチだぞ」
「情け、ねぇ……俺は、自分のやりたい事やってるだけだよ」

 そして青年は、首をよじって少女をチラリと見た。

「大丈夫だよ。約束したから」


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