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鶴女房
【二次創作 官能小説】

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鶴女房-1

「今日は降るなぁ……こりゃあ」

使い込まれ、色素の薄くなった褞袍(どてら)を羽織った青年『与平』は、灰色の空を見上げ、不安そうに呟いた。
木こりである与平はその風貌のとおり、決して裕福ではなかったが、生真面目で温和なその人柄から、村きっての好青年であるともっぱら評判であった。
ところが、彼は昔から変に女娘と縁が無く、二十六を過ぎてもなお妻帯を持たない独り身である。同じ村に住む同じ歳頃の知り合いの男達が一人また一人と妻を娶る中、彼らを羨む事は度々あれど、野心も低く無欲であった与平は、ひたすら地味な仕事をこなしていくだけの人生に何ら不満を抱くことは終(つい)ぞありえなかった。
しかしながら、今日みたいな日に限って与平は、夫婦仲となった友人達を少しばかり、妬まざるを得なかった。
雪国に住む与平のカンが正しければ、今晩は雪が降ることになるはずである。そうなれば、凍えるような夜を一人で過ごさねばならなくなるのだ。
仕事の都合上、村からは歩いて半時(三十分)かかる場所にある小屋に移り住む事を余儀なくされているため、同郷の者たちが家族を囲って団欒の時を過ごす中、与平は一人孤独と寒さに苛まれなければならない。
だが、彼はそのような不条理に対して地団駄を踏むほど、もう小童ではない。
過去に何度か同じような経験をしてきている与平にしてみれば、さほど身構えるほどの重態ではないのだ。「慣れ」が彼の孤独を癒し、寒さを和らげてくれる。少なくとも彼はそう信じている。
『さて、今晩をどうして、やり過ごそうか』という言葉が、与平の頭の中を埋め尽くすように反芻される。
与平がどこからともなく聞こえてくる鳥の嘶く声を聞き取ったのは、そんな風に思案に明け暮れている時であった。
まるで苦痛を訴える叫びにも聞こえる痛ましい鳴き声。少し経ってから鳴り止んだかと思うと、時を待たずして再び寒空に響き渡る。
与平は、理由は己にも分かっていなかったが、何故かその鳥の声がどうにも自分に助けを求めている気がしてならなかった。
いずれにせよ、気掛かりになっていた与平は、音のする方向にある林へと赴いた。
地面に積もった枯れ葉を踏み鳴らし、枯れ枝を掻き分けて、次第に大きくなっていく鳴き声に導かれるまま、道無き道を行く。
そうして、ようやく音源まで辿り着き声の主を視認したとき、与平は瞠目した。

「つ、鶴が罠にかかってらあ・・・」

与平が耳にした鳴き声の主は、トラバサミに片足の自由を奪われた鶴であった。
狩人が仕掛けたものに誤ってかかってしまったのだろう。羽根が抜け落ちることもいとわず、純白の翼をばたつかせ必死にもがいている。
しかしながら、トラバサミは鶴の足を力強く噛みついて離さず、鶴の足掻き徒労に終わり、無駄に体力を消耗するばかりだ。
このままだと野垂れ死ぬか、罠を仕掛けた狩人に捕まるか、野犬に喰われるか…。
どちらにしろ、この鶴には哀れな顛末しか待ち受けていないに違いないだろう。

「可愛そうに…今助けてやるからな」

鶴の不幸を見かねた与平は、罠から鶴を助けることにした。
職業柄、こういった手作業には手馴れていた与平は、要領よく罠を解除する事が出来た。

「足を怪我しているな。どれ、じっとしていろ」

鶴の足に血が滲んでいるのに気付いた与平は、おもむろに裾の一部を引き裂いて、鶴の怪我をした足に巻き付ける
鶴もまた、不思議なことに与平が触れているにもかかわらず、暴れることなく、手当てが終わるのをじっと待っているかのようであった。

「これでよし。もう罠にかかるんじゃあねえぞ」

手当が終わると、あたかも感謝の意を示すかのように、鶴は甲高く美しい声で幾度も与平に向かって大きく鳴いた。
そして、純白の翼を大きく広げたかと思うと、息もつかせぬ間に、空高く舞い上がり、そのまま飛び去っていってしまった。
まるで恩情の篭ったかのような鶴の行動に与平は、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを確かに感じ取った。

「良いことをした後っていうのは、気持ちいな…」

与平は鶴が曇天の向こうへと消えていくのを見届けると、元来た道を戻り、暖かい気持ちに包まれたまま、爛々と帰り路に着くのであった。







その晩、与平のカンは見事的中となった。しかし、その脅威は彼の予想をはるかに上回っていた。
轟々と叫び声を上げながら生きとし生けるもの全てを凍て尽くす猛吹雪。木戸はガタガタと鳴り、吹き荒ぶ風音が家の中にいても鮮明に聞き取れた。
これほど酷い猛吹雪は、与平は未だかつて経験したことがなく、不安に駆られていた。
当然、冷え込みも生半可なものではなく、手持ちの薪で暖が間に合うかどうか分からない。与平は改めて薪を多めに採りに行かなかったことを後悔した。
そんな時であった。自然の猛威が雪国を襲う中、人里離れた与平の家を尋ねる物好きが現れたのは。

戸口がトントンと叩かれる乾いた音。
雪が叩きつけるものとは明らかに違う音色に、訪問者であると悟った与平は急いで赴き、戸を開いた。

「夜分遅くにすみません。どうか宿を貸して頂けませんか?」

荒れ狂う吹雪の中現れたのは、雪のように汚れのない真っ白な着物に身を包む、年の頃は二十であろうかという若い女。
腰までスラリと伸びた長い髪は、不思議なことに全て白髪に染まっている。しかしながら、老婆のそれのような朽ちた印象はなく、むしろ「白銀」と名称するにふさわしい壮麗さであった。
美人画をそのまま形にしたかのような整った顔立ちの彼女は、繊細で見目麗しい、まるで絹糸のような美しい乙女であった。
与平は戸板を掴んだまま、しばし息をするのを忘れるほど見蕩れてしまった。


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