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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-8

「何故、俺に頼む?」
「お前さんの、元公安としての腕が必要なんだ」
「そういう事件なら、既に公安が動いているんじゃないのか?」
「いや、まだ公安は動いていない。身元さえ判明してないのだから」

 捜査状況は、例え家族にでも喋ってはならない。
 島崎は、その規を破ってでも松嶋の腕を必要としていた。

「我々だけでは犯人に辿り着くのに時間が掛かり過ぎてしまう。その前に、国外へと逃がしてしまう可能性も視野に入れねばならん」

 熱心に必要性を説得くが、当の松嶋は乗って来ない。

「理由は解ったが、俺は遠慮させてもらう」
「どういう事だ!?」
「好んで死地に飛び込まなくても、金になる仕事はあるんでな」
「ちゃんと謝礼は払うッ」
「警察がどうやって金を捻出する?警察幹部の隠し口座でも見つけたのか」

 茶化した態度が、島崎の中で苛立ちを募らせる。

「そのせいで、犯人を取り逃がすかもしれんのだぞ!」

 松嶋の侮蔑の眼が島崎に向けられた。

「人を恨む前に、自分逹の無能ぶりを嘆くんだな……」

 言葉を吐き捨て、松嶋は霊園を後にした。残された島崎は、意外にも笑みを湛えている。

「思った通りの反応だな……」

 ──手応えを感じた。
 そんな顔をしていた。





 佐野真二は、岡田かほりと鶴岡直人を捜査本部に残し、一人、ある場所に出向いていた。
 〇〇地区から南にニキロ。郊外にある小さな工場。
 工場以外の敷地は、人より高い仕切りが遮り、建築廃材や廃棄家電品、金属類等が堆く積み上げられている。
 工場の中では、従業員逹の手で、回収した廃品を資源と不要品に選別する作業のが行われていて、佐野はその横を奥へと進み、突き当たりにある事務所の扉に手を掛けた。

「お邪魔しますよ」

 十五平米程の薄暗い部屋に、古くさい事務机が四脚だけ。
 そんな空間で、中年の女子事務員が一人、机で帳簿整理をしていた。

「どちら様でしょう?」

 女子事務員は手を休め、現れた佐野に訊ねる。

「社長を呼んでくれ。佐野って言ってもらえば分かるから」

 佐野が、背広の内ポケットから警察手帳を取り出して翳すと、女子事務員は、「少々お待ち下さい」と慌てて奥へと消えて行った。
 しばらくの間を置いて、一人の男が佐野の前に現れた。
 年の頃なら四十代後半、短く切り揃えた髪と厳つい眼が、徒の一般人でない事を表している。

 長門雅也。長年、〇〇地区を含む周辺を主に、廃品回収を請け負っている。
 だが、それは表の顔で、その実、〇〇系暴力団の準構成員。

「手短に頼むぜ、佐野さん。ちょっと忙しいんだ」

 長門は、現れるなり不機嫌そうな声を吐いた。
 あからさまな嫌悪感に、佐野は長門に近寄って、彼にしか聞こえない程の小声で応えた。


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