Invasion Ⅰ-1
BESTOWERS、生まれながら魔族に対抗できる身体能力を持つ、「神に与えられた者」たち。卓越した戦闘能力と、熱狂的な信仰を持ち、列島で跋扈する魔族の恐怖の象徴。
「……ってところでしょ？ 君たち」
目隠しを外されると同時に、忌々しい仮面の男が口を開いてくる。エステルは強い視線を男に向けながらも、覚醒してきた頭を使い今どこにいるのかを考えた。目隠しをされながらも、ある程度の情報を推理することはできる。担がれて運ばれた時間と、草を踏むラスプーチンの足音から判断すると、ここはミドルード城から離れた場所だ。
（厳重な警備が無いのなら、隙を見て脱出することもできるかしら？）
連れてこられた部屋は、窓の無い石造りの部屋だ。窓が無いということから、恐らく地下だろう。唯一の出口は少し錆の浮いた鉄格子で阻まれている。そして部屋中にはありとあらゆる拘束具の類が置かれていた。
（……悪趣味、ね）
最低の調度品に思わず眉をひそめるエステルだが、それらが自分に使われる可能性だってあるのだ。関節を敢えて傷めつけるように設計された拘束具を見て取り、ラスプーチンに悟られぬように唾を飲んだ。
「で、その君が僕みたいなのに捕まっちゃったけど、どんな気持ち？」
「そうね、その首を刎ねるのが遅くなることが残念でならないわ」
「ふふん、口の減らない女だ」
ラスプーチンはエステルの言葉に嘲笑を浮かべた。それもそのはずで、口で強がってもエステルは鎖で拘束されている。優位な立場はラスプーチンだからだ。
「……あ、それとね、君の仲間も捕まっちゃったみたいだよ？ 残念ねー」
「仲間……？ 何の事かしら」
「赤髪と金髪の女だよ。僕の仲間にやられたよ。恐怖の象徴が聞いてあきれるねえ」
とぼけるエステルに構わず言葉を続けるラスプーチンの言葉に淀みはない。対して赤髪と金髪、という言葉を聞いてエステルの心臓が一瞬きつく締め付けられる。エイダとベラの事だろう。彼女たちも捕まってしまったとなると、状況は絶望的だ。だがラスプーチンの言葉は嘘である可能性もある。隔離した場所で揺さぶりをかけるのは尋問の常套手段だからだ。エステルは精一杯の虚勢を張り続けることしかできない。
「貴方の仲間……ああ、あの無様に殺された魔族みたいな奴らかしら？ あんなのに負ける奴は相当のマヌケね」
「森で殺された奴らのことを言ってるのかい？ あんなのはただのチンピラだ。君の言うとおりあれに負ける奴はマヌケだね」
その奴らに苦戦した自分を思い出して気が滅入りそうになるが、ラスプーチンの首をへし折ることを想像してなんとか思考の外へ追いやった。そして、あえて小馬鹿にするような挑発的な視線をラスプーチンに向けてやる。
「で？ 貴方は私をどうしたいわけ？」
命乞いをする。媚を売る。それらはエステルの選択肢になかった。神に仕える身としてそのような態度を取るわけにはいかないし、何よりエステルの性格がそれを拒絶する。
エステルの挑発的な視線を受けながら、ラスプーチンな長い舌を唇から覗かせて唇を舐める。
「そうだねえ……まずはフェラチオをしてもらおうか」
「ふぇ……？」
性知識の無いエステルにその単語を理解することは出来なかった。第一、まずは自分や法皇庁の情報を尋問されると思っていたエステルには予想外の問いかけだったのだ。ラスプーチンは自らの股間を指差して説明してやる。
「僕のペニスを舐めろってことだよ」
「……誰がそんなことを」
やるものですか、とまで続けることが出来なかった。予想を外れた汚らわしい行為の強要に、エステルの口は話すことよりも怒りを鎮めるために歯を食いしばることを優先したようだ。
「やらない、っていうんなら、捕まってる君の仲間がどうなってもしらないけど……？ 複数人捕まえたし、二人ぐらい殺しても問題ないだろうからね」
人質を提示しての恫喝。あまりにも『らしい』やり方に、エステルは思わず怒ることも忘れて失笑を漏らした。想定を外れた反応だったのか、ラスプーチンが怪訝そうな顔をする。
「……私の仲間とやらが死んで、私になんの影響があるって言うの？ 仮に私の仲間とやらが存在していて、今貴方たちに捕まっていたとしても、神に仕える者ならいつでも神の御国へ昇る覚悟はできてるわ」
二人の会話で、初めてラスプーチンが言葉に詰まった。微かに発せられる雰囲気は、怒気を孕んだものだ。
「……狂信は本物ってことか。なら、僕が君で遊ぶことにするよ」
「きゃっ……」
ラスプーチンはエステルを乱暴にかつぐと、後ろの簡素なベッドへと放り込んだ。そしてすかさずエステルを抱え上げ、後ろから抱きしめる。
「ひあっ！」
エステルが素っ頓狂な声を上げたのは、ラスプーチンの湿った長い舌が彼女の首筋を舐め上げたからだ。首筋からゾクゾクとした感覚がエステルの全体に広がっていく、がそれはエステルに不快感しか与えない。舐め上げられた部分が腐っていくような感覚に襲われて、エステルは顔を顰める。
「……私が低俗に喘いでる姿が見たいんでしょうけど、お生憎様ね。私はアナスタシアとは違うから」
「ふうん。じゃ君は何されても大丈夫ってこと？」
「そうね」
襲われる獲物は、大抵強がっていても体が震えたり、瞳に不安の波が渦巻いている。だがラスプーチンを横目で睨むエステルにそのような様子はなかった。だがその態度は、ラスプーチンの嗜虐心を刺激するだけであった。
「そっか、じゃーこれ使っても大丈夫だね」