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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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居場所-1


会社の飲み会が、億劫(おっくう)になったのはいつ頃からだろう。


自分が仕事で妥協することが大嫌いなぶん、後輩にも口うるさくなってしまっているという自覚はある。


私が飲み会に行ったらみんなが楽しめないんじゃないか―――そんな気をまわすようになって、送別会や歓迎会以外の集まりには出ないことが増えた。


キャリアを重ねていくと、若い頃には想像もしていなかったようなことで悩むものだ。


「―――天野先輩、飲んでますかぁ?」


永沢まりかがビール瓶を持ってカウンター席にやって来た。


みんなは少し離れた小上がりでワイワイ飲んでいたが、私はトイレに立つ振りをして早々にカウンターに移っていた。


一輝と同じ空間で飲むのも息が詰まりそうだったし、周りの目も気になってとても寛げるような気分ではない。


「いいのいいの。こっちで適当に飲んでるから」


注(つ)がれないように手の平でコップに蓋をしたが、手首をつかまれて強引に外された。


「そんなこと言わないで、まりかに注がせて下さいっ」


いつもながら飲み会の時だけ自分のことを「まりか」と呼ぶ、この娘のベタつくような口調が耳に障る。


「もう……いいって言ってるのに」


イラついてつい顔をしかめるが、まりかはそんなことにはお構い無しで、ぬるそうなビールを私のコップに注いできた。


「あのぅ……今日はすいません」


「―――え?何が?」


急に媚びるような上目遣いでこちらを見上げてくるまりかに思わず身構える。


「先輩お忙しそうだったのに……まりかが強引に誘っちゃったみたいで……」


「…………は?」


強引だったとは思わないし、誘われた覚えもない。


まりかは、男子社員からは天然だとか癒し系だとか言われているようだが、こういう風に下手(したて)に出ながらさりげなく自分を正当化するしたたかさを見ると、なかなかずる賢い娘だなと思う。


わざわざ謝りに来たのも、私に対してどうこうというより、向こうでそれとなく聞いている男子社員へのアピールのように感じられて、素直に受けとめることは出来なかった。


「ねぇ先輩。向こうで一緒に飲みましょうよー。まりか、天野先輩から色々教えて欲しいと思ってたんですよぉ」


普段は私が教育しようとしても巧妙に面倒なことから逃げまわっているくせに、こんな時だけよく言えたものだ。


男性社員は騙せても同性の私はそうはいかない―――まあバカになって騙されていたほうが精神的には楽なのかもしれないが。


「行きましょうよー。まりか、先輩の新入社員の頃の話とか聞きたいなぁ。神戸支社で課長とご一緒だったんですよね?」


「―――永沢」


我慢の限界を感じ、私はグラスをカウンターに叩きつけるように置いた。


「私―――帰るわ。ちょっと急用を思い出したの」


「えっ?もう帰っちゃうんですかぁ?」


本気で止める気もないくせに、大袈裟な声を出すまりかが鬱陶しい。


「とりあえず……三千円、いや四千円、あんたに預けるわ」


おおよその金額を予想して財布から千円札を取りだし、まりかに握らせて席を立った。

「あっ、でも……先ぱぁい」


まりかの鼻にかかったような声を背中で聞きながらのれんをくぐる。


おそらくもうあの娘の頭の中は、わたしが急に帰ってしまったことを一輝にどう言い訳するかという計算でいっぱいなのだろう。


本来なら上司である一輝にはちゃんと挨拶をして帰るべきなのだが、そんなことをすればまた引き止められてややこしい誤解を生みそうだ。






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