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「カオル」
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カオルC-5

「ただいま!」
「お帰りなさい」

 夕方。薫が帰宅すると、須美江が出迎えた。

「テーブルに、サンドイッチあるから食べなさい」
「えっ?」

 薫の中に違和感が浮かんだ。夕食前の間食にしては、重すぎる。

「お母さん、なんで?今日はサンドイッチなの」

 息子の疑問に、須美江は答えた。

「言ってなかったけど、バレーの練習があるのよ」
「えっ?今日も」
「さっき、直樹くんのお母さんから連絡があって、日程が変わったのそうよ」

 最初の話では、学校のない土日の昼間が練習日だと知らされていた。
 そのあたりを訊ねてみると、

「それは全体練習よ。高学年の子は、火曜日と木曜日も練習が組まれてるのよ」

 須美江は、さも決まっていたかのような口ぶりだ。

「そんなの、ボク聞いてないよ」

 薫の口調が強くなった。

「だから、さっき連絡を…」
「そうじゃなくて。最初から平日に練習あるの知ってて、何で教えてくれなかったの?」

 今まで、これほど感情を露にした息子を見るのは初めてのことだ。
 須美江は、仕方なく本当のことを告げた。

「実はね。平日も参加するのは、さっき決めたことなの」
「えっ、さっき…?」
「そうよ」

 それは、嶋村直樹の母親から連絡を受けた時だった。
 先の練習初参加の際、監督の座間は、薫に見込みがあると思ったらしい。

「…それで、“是非とも参加して欲しい”って言われたのよ」
「…そんな」

 薫は困惑していた。事実と言われても、信じられない。

「あんな…2、3年生の子にも付いて行けなかったボクが?」
「監督さん、才能あるって言ってたじゃない」
「ボク、冗談と思ってた…」
「冗談でこんな物くれないわよ」

 須美江が、そう言って見せたのは、肘カバーだった。

「さっき、直樹くんのお母さんがいらしてね。これをくれたのよ。お古だけどよかったらって」

 少し色褪せた黒い肘カバー。よく見ると、パットの部分が補修してある。

「これで納得してくれた?」
「う…うん」
「じゃあ、サンドイッチ食べて、支度しなさい」
「かばん、部屋においてくる」

 階段をのぼる息子の後ろ姿を、須美江は哀し気な眼で追った。
 彼女の中には、伝えていない事が隠されていた。


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