Pandemonium Ⅱ-3
（室内の二人が目標の二人とは限らない。それに、ベラを待つか呼ぶ間に見つかるか、事態が急変する可能性もある……私がやるしかない……！）
エステルは一度、静かに呼吸をする。長く長く息を吐き終えた後、迷いなく瞼を開いた。碧眼に強い意志を宿らせ、エステルは扉に手をかけた。
確保は一瞬で終わらせる必要がある。相手は二人だ。もたもたとしていれば片方に逃げられるか、大声を出される。そうなればその後の脱出は困難になるし、今も城内に潜入しているベラにまで危険が及ぶ可能性が高い。戦いは電撃的に行わねばならないのだ。
可能な限り心を平静に、凪の海の如き静寂をと教わったエステルだが、この時の彼女は鼓動と呼吸がいつの間にか乱れ、指先にはかすかな震えが起こっていた。だが、決意してしまった少女は行動を辞めることはなかった。そのまま静かに扉を押し、少しずつ扉を開けて中の様子を伺う。室内から聞こえる会話は途絶えることなく、扉が微かに開いていくことに気がついていないようである。
やれる。とエステルの心に自信涌き上がってくる。エステルは今すぐ扉を開け放って飛び込みたい欲望を抑えながら扉をじりじりと開いていき、細身の彼女がぎりぎり通れる隙間を作ると、猫のように体を柔らかく使って室内へと潜り込んだ。
豪奢な部屋だ。エステルには無縁で、そして憧れもしない調度品の数々。そして寝心地を想像することもできない天蓋付きのベッドに、二人はいた。刀を抜き放ち、即座に二人を拘束しようと思っていたエステルは、柄に手をかけた状態でぎくりと停止してしまった。
ベッドにいるのは、予想通り二人の男女。女はまだ少女と言える容姿をしているが、その少女が犬のように四つ這いになり、尻を男へと向けている。そして男は、その腰を少女の白い尻へと叩きつけている。少女は四つ這いの状態を維持することができないのか、その腕は崩れて、高く尻を上げる体勢になってしまっている。そして美しいその顔を、無様なほど蕩けさせ、崩している。彼女が感じているのは、快楽。恐らくは、尻を貫く男のいちもつがそれを与えているのだろう。
目前で行われる痴態に、エステルの心に一瞬の停滞が生じた。
「アナスタシア、どうだ？」
「ああ……ご主人様、お尻……おひりがぁ……気持ちいい……んひゃっ……キモチいいのぉ……ひっ……」
男の肉棒は、少女の膣ではなくアヌスを貫いていた。アナスタシアは、その許されざる快楽に屈服し、完全に虜になっている。『汝姦淫に耽ることなかれ』、主の言葉をここまで無視する痴態を、エステルは見たことがなかった。
女は不浄の穴から生まれる快楽に溺れ、男はその女を見て征服欲を満たし、いずれ精を吐き出す。屈服した女は屈服した事自体に倒錯した快感を覚え、乱暴に扱われることに興奮し、それが快楽の渦となり少女を溶解させていく。その痴態に理性などなく、獣の如く、いや獣以下のやり取りだ。
ようやく理性が追いつき、エステルは状況を把握していく。男がアナスタシアと呼んだ少女は、確かにアナスタシアの年齢と合致する見た目である。とすれば、眼前で痴態に溺れる少女は、正にアナスタシア本人ということだ。改めてまじまじと少女の顔を見て、エステルはこれが自分とそう年齢の変わらぬ女のする顔かと自然と考えてしまう。例えるなら、すべての重圧や、困難、そして呪縛から解放された人間はこんな表情を浮かべるのだろう。アナスタシアは一切の迷いもなく快楽に身を委ねる女体になっていた。
ここに至ってようやくエステルに気がついたのか、男がアナスタシアの体からエステルへと目を向ける。細身の男は、そこにいるはずのない少女がいたことに驚いたのか、目を見開いてエステルの碧眼と視線を交わした。
瞬間、エステルは刀の鯉口を切り一陣の風の如き速度で部屋を駆けた。