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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-2

「ええ、全く気に入りません」
 深花のカップのお茶が空になったのを見て、ユートバルトがティーポットを手に取った。
 カップに半分くらい、濃いお茶を注いでやる。
 深花は礼を言ってからホットウォータージャグのお湯を注いでお茶を薄め、一口飲んだ。
 ユートバルトとティトーは、顔を見合わせる。
 深花の所作の一つ一つが、恐ろしく美しい。
 今までが不作法というのではなく、大公爵家への滞在中に物腰が優雅に洗練されたのだ。
 この吸収力、半端ではない。
「ジュリアスと付き合うのも嫌気がさして、今は別々の部屋に寝泊まりしているくらいですからね!」
 自分が怒る事でエルヴァースとリュクティスがおろおろしながら仲を取り持とうとあれこれしてくるが、そんな事は知ったこっちゃないと深花は完璧な無視を決め込んでいた。
 いつジュリアスが堪忍袋の緒を切らして強硬手段に出て来るかも知ったこっちゃないし、キレようが宥めすかして来ようが懐柔に応じるつもりは毛頭ない。
「……でも、あいつを嫌い切ったわけじゃあないだろう?」
 微かに笑いながら、ティトーは言った。
「それは……」
 最初は反発しあっただけに、二人の結び付きは強固だ。
 ジュリアスだって、浮ついた気持ちだけで深花をいずれは妻になんて言い出したわけでもあるまい。
「ただ、あいつが性急すぎた。自分のおめがねに適う女の子だから、早く独り占めしたい気持ちは同じ男だし俺も分からんでもない」
 今は姉としゃべり倒しているであろう恋人の姿を、ティトーは脳裏に浮かべる。
 たいていの人間が嫌悪を示すあの特性も、自分にかかればこの世に二つとない最高の魅力を湛えた肢体に変わる。
「君としては婚約の前に恋人としてデートしたりして、義務と責任に縛られない関係を楽しみたかった……という辺りかな?」
 ユートバルトの言葉に、深花はこっくり頷いた。
 なるほど、彼女の憤慨は最もだ。
 初めて付き合った男との関係がさほどの時間を要しないうちに婚約だ結婚だと騒がれて、面白いはずがない。
 しかし、急ぎすぎたジュリアスの気持ちも二人は分かる。
 国王だの大公爵だの伯爵だの大仰な身分を明かせば、たいていの人間は自分達と親密になる事で得るメリットの皮算用を始めてしまう。
 彼女はそれに動じず、ジュリアスをありのままに見てくれた。
 それ故に彼は、ここまで急くほどにのめり込んだのだろう。
「私が彼を好きじゃなかったら、どこのストーカーかと思いますって……!」
 言ってから、深花は口許を押さえた。
「うんうんごちそうさま」
「さほど心配しなくていいみたいだね」
 したり顔の二人を見て、深花は唇を尖らせる。
「しっかし……」
 左膝に頬杖をつきつつ、ティトーは言う。
「あいつがマジギレしたのにそれを押さえてしまうとはよっぽど惚れられてるのか、それとも君の手腕が凄いのか……」
「だね。君の言う事だけは聞くなんて、尋常じゃない」
「……あの時のジュリアス、本当に恐かったんです」
 ぽつりと、深花は呟く。
 血肉を分けた存在であるはずの弟を躊躇う事も顔色を変える事もなく冷徹に殴る男を頼もしいと思える神経など、持ち合わせてはいない。
「でもおじ様は止める気はなさそうだしリュクティスに仲裁してもらうわけにもいかないし……で」
「エルヴァースを投げ飛ばしながら説得か」
「それは言わないで下さい……」
 考えてみれば、ジュリアスもエルヴァースも同じ人から同じ事を習っているはずなのだ。
 いちおう軍人だなどと大見栄を切ってしまったが、よく彼を綺麗に投げる事ができたものだと思う。
 自分としては師匠にみっちり教え込まれた通りに体が動いて、振り下ろされたエルヴァースの腕を受け止めた瞬間にその勢いを利用して彼の体を空に浮き上がらせていただけなのだが。


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