Pandemonium Ⅲ-4
床に崩れ落ちた彼女が、一度盛大に血をぶちまけた。驚くべきことに、エイダははっきりと焦点のあった眼を開き、うつぶせのまま首だけを起こしてアルバーメフを睨みつけた。腕は彼女の側に落ちた『星』を拾い上げようとするが、ただぶるぶると痙攣のように動くだけで彼女の思うように動くことはない。
無情にもアルバーメフが『星』を蹴り飛ばし、エイダから遠ざける。エイダはそれでも巨人を睨むことは辞めず、殺意を込めた視線を送る。
「化け……物……め」
足一本、指一本、エイダがまともに動かすことはできなかった。そんな彼女の首根っこを掴むと、アルバーメフは軽々と彼女を持ち上げる。ようやく巨人の顔と同じ高さまで持ち上げられたエイダは、正面から化物に臆することなく睨みつける。
「……素晴らしい。俺の一撃、その鉄球と胸甲で防ぎ、更に後ろに跳んで衝撃を軽減させたか」
転がるエイダの『星』は2つとも柄が無残に折れ曲がり、胸甲には深い亀裂が生じている。アルバーメフの一撃に対してエイダが取れた行動だ。だが本当に恐ろしいのは、そこまでの反応をされたにも関わらず、構わず相手を戦闘不能にするアルバーメフの一撃である。事実エイダは体の自由を完全に奪われ、ただ眼を以って巨人に殺意を向けるしかなくなっている。
「くた……ばれ……」
だが、恐るべき意志でエイダは右腕を動かしていく。話にならぬ程緩慢な動作であったが、アルバーメフは面白そうにそれを眺める。やがてアルバーメフの顔の前までエイダの手の甲が持ち上げられると、握り拳の状態から正確に中指だけを立てた。
「クハハハハハ！ この状態で、貴様、この状態でそれか！ ……面白い。その眼、いい眼をしている。それこそ強者の眼だ。強き女よ、お前を認めてやる。お前は俺が征服した」
アルバーメフの哄笑が城内に広がる。その様子を咎める人間は、いない。ただ一人、赤毛の女がその様子を見ても変わらぬ目付きで巨人を睨んでいた。
「ふふふ……ふふ。楽しみだ。これほどの強者、久々だからな」
エイダはこの巨人に、もう一声罵声を浴びせかけようと口を開こうとした。だが、その前にアルバーメフの拳が彼女の腹にめり込み、それきりエイダは意識を失った。